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サムにだけは、そんな目で見てほしくなかった。
何処かで期待していた。
きっとサムなら、どんな自分でも受け入れてくれる、と……。
たが、友の今の顔は、明らかに恐怖におののく表情だった。
レイは胸が締め付けられる思いがした。
魔力のせいで痛む身体よりも、苦しい。
心が、痛い…。
きっと優しいサムの事だから、これからも恐怖を抱きつつ、笑顔を見せてくれるだろう。
だけど、村の人達にとっても、サムは太陽みたいな存在だった。希望の光のように明るく照らしてくれる人だった。
自慢の親友。
そんなサムが、自分のせいで、村の人達から嫌われてほしくない。
(それならいっそ、僕の事を、嫌いになってよ……)
レイは倒れていた魔物が身体を起こしているのに気付き、自分の気持ちを押し殺す。
「立って」
感情のない声を作り、サムを立ち上がらせると、レイはサムを背に話し掛ける。
「逃げて、サム」
「レイ? ど、どうしたんだよ?」
サムは動揺した様子で聞いてくる。
しかし、レイは答えずに、言葉を続けた。
「早く、逃げて……!」
レイは振り返らず、出来るだけ声が震えないように話す。
「何言ってんだ! レイも一緒に……ッ」
「良いから早く行けって!!」
「!?」
レイはサムの顔を見ずに叫んだ。
今親友はどんな顔をしているだろうか……。
「サムがいると、足手まといなんだ」
「え……?」
(足手まといなんて、思った事は無い)
「だから、邪魔なんだよ……っ」
「な、なんだって……!」
(邪魔だと思った事も一度だって無い)
「いつもヘラヘラしてて、嫌だったんだ」
「レイ?」
(違う……ッ、いつもサムの笑顔に救われてたんだ)
「暑苦しくて、鬱陶しかった……」
(何かあればすぐに飛んできてくれて……)
「いらないお世話が多過ぎるんだよ」
(常に僕の事を考えてくれて、)
「本当に嫌だった…ッ!」
(本当は……! いつもいつも感謝してたんだッ)
「正義感振りかざして、ヒーロー気取り」
(正義感が強くて、ヒーローみたいなサム)
「もう、うんざりなんだよ!!」
(君は、僕の憧れなんだ…!)
「サムとは、親友じゃない……!」
(本当は、ずっとずっと、親友でいたいよ…!)
「もう、僕とは、関わらないで」
(本当は、これからもずっと、笑い合っていたいんだ…!)
レイの視界は揺らいでいた。
瞳に溜まる涙は今にも溢れ落ちそうだった。
するとーー
「それ、本気で言ってるのか……?」
静かに、そして震えるサムの声が聞こえた。
「……!」
サムは泣いているのだろう。
それに気付いた瞬間、レイの瞳から涙が零れ落ちた。
「う、嘘、だよなぁ? レイ……そんなの嘘だって、言ってくれよ………っ!」
震える声で絞り出すように訴えるサム。
その声には混乱と絶望の色が伺えた。
レイは振り返りたかった。
そして、抱きしめたかった。
傷付けたくなんてない。泣かせたくもない。
本当の気持ちを伝えたかった。
だが、レイはもう決意していた。
『もう、サムとは、親友じゃない』
振り返ってサムの顔を見た瞬間、その決意が揺らいでしまいそうだった……。
レイは本音をグッと胸の奥に押し込め、立ちあがり空気を震わす程の咆哮する魔物を見やった。
「早く、行って……っ!」
レイが振り絞るように叫ぶと、暫しの沈黙が流れた。レイは背中越しに、サムの迷いを感じる。
そしてーー駆け出す音が森に響いた。
遠ざかっていく足音が、やけに大きく、寂しく響く。その一歩一歩の音が、レイの心を締め付けた。
そして、音が消えた。風も、森のざわめきも一緒に。
レイは視界が霞んで何も見えない中、小さく微笑みながら呟き、心の中で叫んだーー。
「さようなら……ッ」
僕の大切な親友……!
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