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シェルマン家から歩いて三分もしない内に森がある。この森はセントラルを囲む森の一部で、レイとサムも小さい頃からよく遊び場にしていた。
大人達に奥深くまで行かないよう注意されていたので、レイ達は森の入口が見えるギリギリの所までしか行かないようにしている。
見慣れた木々を通り抜けると少し広くなっている場所がある。サムはそこで足を止めた。
「レイ! こっちだ!」
遅れてくるレイに手を挙げるサムが大声で呼んでくる。レイは急いでサムに近付き、人差し指を口元に当てた。
「サム、あんまり大きな声出さないで…!」
レイは小声でサムに注意した。無表情だが慌てるレイをキョトンとした目で見るサム。魔物が来ないとは限らない。レイは慎重に辺りを見渡し、異常がない事を確認した。
「変な奴だなぁ。誰も来やしないのに」
サムが腕を組みながら言うと、レイは「念の為だよ」と目を光らす。
「ま、いっか!」とサムは笑うと、レイに向き合う。
「まだ荒削りだけど、少しコツを掴んだんだ。見てろよ?」
レイはこくりと頷き、サムを見つめる。
サムは組んでいた腕を解き、両手の平を地面に向ける。そして大きく深呼吸すると、目を瞑り、集中し始めた。
レイはその姿をジッと見つめる。
暫くすると、サムの手に魔力が集まり始め、だんだんと集まる力が大きくなっていく。
(すごい……!)
レイは驚き、息を呑んだ。
手に集まる魔力は、橙色の光がキラキラと力強く輝き、美しかった。次第に、その光がサムの身体を包み込んでいく。そして全身が光に包まれた時、サムが薄く目を開いた。
「大地よ、その身を歪め、我が意に応えよーー『大地』!」
魔法詠唱後、サムの手をかざす地面がゆっくりと盛り上がった。
「!?」
レイは目を丸くした。
地面が意思を持った生き物のように伸びてゆく。ゆっくりと、だが確実に。
信じられない光景に、レイは驚嘆する。
そして、うごめく大地は、サムの手の平の下でピタリと止まった。
「……っぶは!! はぁ、はぁ……限界だ!」
サムの身体から光が消えると同時に、息を大きく吸い込み、サムは後ろに座り込む。汗が滝のように流れ、疲れ切った表情を見せるサムの元へ、レイはすぐに駆け寄った。
「サム、大丈夫……?」
「大丈夫大丈夫! ただ、めっちゃ疲れるんだよな!」
汗を拭いながら笑うサムに、レイはホッと安心する。
「すごいよ、サム…! 僕、感動しちゃった!」
前のめりになりながらレイが自分の事のように喜ぶと、サムは弾きれんばかりの笑顔を見せた。
「だろ! 今は一回しか使えないけど、これから特訓して、もっともっと使えるようになるからな!」
そう言ってレイに拳を向けるサム。
レイはその拳に自分の拳をコツンと当てた。
「応援してる!」
レイは自分の顔が自然と綻んでいるのがわかった。サムの成長が本当に嬉しい。
しかしそれと同時に、魔力の制御が出来ない自分を卑下した。一週間の内にサムは魔力をうまく操っているが、自分はどうだろうか…。
一人では何も出来ない。周りに迷惑を掛けてばかりだ。
そう思うと、また魔力が溢れ出しそうになる。レイは小さく深呼吸をして、この気持ちを胸の奥にしまった。
(今は……今だけは、サムと楽しく過ごしたい)
レイは願うように気持ちを切り替える。
すると、サムが不安気な表情をレイへ向ける。
「レイ、どうした? 大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫…!」
レイはすぐに微笑んで見せた。サムは「そっか」と目元を緩ます。そしておずおずと質問する。
「あれから、魔力は、暴走してないか?」
言い淀むサムをレイは不思議に思いながら、「うーん」と一度宙を仰いだ。
「実は……この間、暴走しそうになって……」
「そ、そうなのか!?」
サムが目を見張り、声を上げる。それに対して、レイは急いで言葉を続けた。
「あ、でも、エリオットさんのおかげで、なんとか収まったんだ」
不安にさせてはいけないと、レイは出来るだけ明るい声で言う。しかし、サムは小さく「そうか…」と呟くと、目を伏せた。
その言動にレイは急な不安に襲われる。
サムにまで怖がられてしまったら…そう思った瞬間、誰かにギュッと鷲掴まれたように心臓が苦しくなる。魔力が溢れ出す前の感覚に似ており、レイは焦る。
(お願い……ッ! 溢れないでッ……!)
レイは胸に手を当て、心の中で強く願った。すると、サムが覚悟を決めたように顔を上げ、レイを見つめる。
「レイ! 実は……俺……ッ」
サムがレイに何かを伝えようとした、その時。
空気がピリつき、レイは嫌な予感を感じた。
と、次の瞬間ーー。
ーッゴーン、ゴーン
突如、教会の鐘のような音が森に響き渡る。
音が鳴り出すと同時に、レイとサムの足元が金色に輝き出した。
「!?」
「な、なんだ!?」
レイとサムは驚き、急いで立ち上がると辺りを見渡す。すると、金色の輝きは円陣の模様となり、赤い輝きへと変わる。
「え!?」
「レイ!」
足元を凝視していると、レイはサムにグイッと腕を掴まれ、そのまま走り出した。円陣から出ると、二人は振り返り、赤い円陣をまじまじと見つめる。すると、未だ鳴り響く鐘の音の中、サムが眉をひそめ、レイに聞こえるように叫んだ。
「これ……、召喚魔法だ!」
「召喚……ッ?」
「あぁ! この魔法陣、店番してた時に見た事がある! 」
サムがレイに向かって叫んだ時、赤い光が一気に輝きを増し、円陣上を包み込んだ。それと同時に突風が吹き、二人は飛ばされ、後ろに倒れ込む。
「う……ッ」
レイは痛みで顔を歪めながら、ゆっくり起き上がる。
横にいるサムを見ると、信じられないと驚愕するサムの顔があった。不思議に思いサムの視線を追うと、レイも愕然とした。
見ているだけで背筋が凍りつくような恐怖。
吐息のような黒煙に触れた木は、瞬く間に枯れていく。
その中心にいるのは、巨大な漆黒の塊だった。
ギラリと鋭く光る赤い眼、獣のような骨太の身体。全身から漂う煙は、見ているだけで身の毛のよだつ思いがした。
その姿を見て、レイは言葉を失う。
そして、感覚的に危険だと感じた。
今まで見た事はないが確信するーー
「ま、魔物、だ……ッ!!」
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