3-1
商店街を抜けて少し歩くと、赤い屋根瓦が見えてくる。
森の出入り口より少し商店街寄りに建つ2階建ての家の前には、大きな庭が広がっていた。
レイが敷地の前にある門扉を潜り庭へ足を踏み入れると、色とりどりの草花が迎えた。若葉を付け出した木々からは、のどかに小鳥の鳴き声が聞こえる。
レイが春の訪れを感じながら玄関へ向かっていると、庭の一角で女性が汗を拭いながら作業している姿に気付いた。
「マリーさん」
「あら、レイ! お帰りなさい!」
マリーと呼ばれた女性は、顔を上げてレイに笑顔を向けた。
少しふくよかな体つきのマリーは、機敏な動きでてきぱきと作業を続けていた。
近付いてくるレイに、マリーは声を掛けた。
「今日の勉強会はどうだった?」
「うん、充実してた」
「そうかい! それは良かったね!」
明るく通る声でレイに言うと、「その頭どうしたの!?」とくしゃくしゃの髪の毛を見て驚く。
「エリックさんから、野菜もらった」
「まぁ! エリックったら、気を遣わなくて良いのに!って事は…その頭もエリックだね?」
マリーが納得の表情を浮かべると、レイは静かに頷く。
レイの様子を見てマリーは「やっぱりね」と眉を下げながら微笑んだ。
「さて、レイも帰ってきた事だし、お昼にしましょう」
「うん」
「先に手を洗ってきちゃいなさい」
「わかった」
レイは、返事をすると家の裏側にある井戸の方へと向かった。
井戸の水を汲み手を洗うレイは、ついでに貰った野菜も洗い始める。水の冷たさがちょうど心地が良く、レイは思わずしっかり野菜を洗っていた。
するとマリーも井戸場へやってくる。
「レイ、野菜も洗ってくれてたの? ありがとうね」
「つい、水が気持ちよくて」
「ふふ、そうね。暖かい気候になってきたから、井戸水がちょうど良いわよね」
マリーが野菜や果実を入れたカゴをゆっくり下ろすと、レイは「これも洗っておくよ」とマリーを見た。
「あら、じゃあお願いしようかしら! 私は戻ってスープを温めておくわね」
そう言って、マリーは素早く手を洗うと、家の方へと戻っていく。その後ろ姿を見送り、レイは受け取った野菜を洗い始めた。
マリーとのいつものやり取り、そしていつもの作業。
レイは、この”いつも通り"の日常に、安心感を覚えた。
空を仰ぎこの空気感を満喫する。
土の匂いが鼻を抜け、そよぐ風を肌に感じ、水の心地よい音が聞こえてくる。
(……平和だなぁ)
レイは、なんとも言えない心地よさを噛み締めていた。
*
暫く時間が経つが、レイは帰ってこない。
「レイったら遅いわねぇ。まぁた外でぽやっとしてるのかしら」
マリーは、煮え始めたスープをかき混ぜてレードルを置くと、火を弱めて井戸場へ足を運んだ。
すると、マリーが予想していた姿が目に飛び込んでくる。
空を仰ぎながら、目を瞑るレイの姿。
「ふふ、やってるわね」
マリーは、いつものレイの姿に笑った。
レイは天気良いの日に、一人で空を見上げては、その場の音や空気、風を感じてボーッとする事がある。
マリーは、この姿を"ぽやっ"とするとよく表現していた。
「レイー、ご飯にするわよー!」
「っ!」
声を掛けられたレイは、ハッと目を見開き、マリーの方へと目を向ける。
「マリーさん、ごめんなさい…!」
「良いのよ! ぽやっとしてるレイは、いつもの事だから!」
そう言って笑うマリーに、レイは「ぽやっと…」と複雑そうな表情で呟く。
このやり取りもいつも交わしており、マリーはさらに笑った。
「さぁ! その野菜はサラダにするから、持ってきて頂戴!」
「わかった」
レイは、しっかり洗った野菜を綺麗なカゴに移すと、急いで家の中へ運んだ。
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