2-1
「はっ…!」
目を開けると、リビングの天井が広がる。
息をしていなかったのかという程、身体が空気を求めていて、レイは少し驚いた。荒い呼吸をなんとか整え、ゆっくりと身体を起こすレイ。
ふと窓の外へ目をやると、赤く染まる空が、藍色の空に飲み込まれていた。
(もう、夕方……?)と、自分の睡眠時間に呆然としていると、
「レイ!」
キッチンの方から名前を呼ばれ、そちらへ視線を向ける。すると、慌てて近寄るマリーの姿があった。
「大丈夫かい? 体調は…」
心配そうに眉尻を下げるマリー。
「大丈夫」
レイが軽く頷くと、マリーはホッと安心した様子を見せた。しかし、すぐ眉を吊り上げ怒りを露わにする。
レイは(マズい…)と瞬時に思った。
「エリオットさんから聞いたわ! なんて無茶な事したの!! 身体もまだ回復してないのに、魔法を使うなんて…!」
(そ、相当怒ってる……)
マリーの勢いに仰け反るレイは、ハッとエリオットが居ない事に気が付いた。
「マリーさん、エリオットさんは……」
レイが訊ねると、マリーは「レイったら…」と言って呆れ顔になる。
「エリオットさんは、レイの部屋に軟禁しました!」
「……え!?」
レイは目を丸くした。
マリーは当たり前だと言わんばかりに口を開く。
「レイ。貴方はエリオットさんに言われて、『真臓』とやらを見たんでしょう? その時に、『乖離状態』になったって……! 心を失って、人形みたいになってしまう症状よ!」
レイはポカンとマリーを見つめる。
自分が人形のようになってたとは、全く気付いていなかった……というより、そんな状態にいつなったのかもわかっていない。
「えっ……僕が? 気が、付かなかった……いつそんな状態に……?」
レイがポツリと呟き、静かな恐怖を感じる。マリーは目を大きく見開き、そして悲しげな表情を見せた。
「レイ…っ! 気付かない間に、乖離状態になってしまったんだね…!エリオットさんには、もう関わらないようにしてもらわないとっ! 」
「ちょ、ちょっと…っ、マリーさん!」
段々と言葉に熱を込めるマリーは2階へ向かおうとした。レイはそんなマリーを慌てて止める。
「ま、待って…! エリオットさんのおかげで、僕はその状態から戻ったんだと思うよ…!」
マリーはレイの言葉にピタリと足を止めた。
「声が聞こえたんだ! 多分、乖離状態になった時に……。エリオットさんがずっと僕の名前を呼んでくれて、目が覚めたんだよ…!」
レイが必死にエリオットを庇うと、マリーは溜め息を吐いた。
そしてまっすぐレイを見つめる。その瞳には、心配の色が見て取れた。
「レイは本当に他人の事ばっかりなんだから……。レイの良い所でもあり、悪い所よ」
マリーはそう言うと、レイの手を握った。
「レイがそこまで言うなら、許すわ……だけどね、レイ。貴方の命はひとつしかないの。だから次は絶対に、命を軽んじないこと。それが許す条件よ」
マリーが泣きそうな顔で微笑む。それを見たレイは、マリーへの感謝と罪悪感の両方を感じた。
「わかった。……それと、マリーさん。心配掛けて、ごめんなさい」
レイがマリーの手を握り返し、頭を下げる。
マリーさんには心配を掛けないように、気を付けようと心に決めるレイ。
そんなレイの気持ちが伝わったのか、マリーは優しく「良いのよ」と微笑んだ。
すると、悪戯な笑顔へ表情を変えるマリー。
「本当はね、レイが目を覚ますまで、玄関外で正座させてやろうかと思ったのよ?」
「じょ、冗談だよね……?」
レイはすぐに聞き返すが、マリーは「ふふふ」と笑みを浮かべるだけだった。
これ以上の詮索はやめておこうと、レイは思った。
するとマリーが「さてと!」と空気を変える。
「エリオットさんを呼んで、晩ごはんにしましょう! レイ、お願い出来る?」
マリーの言葉にレイは頷いて見せた。そして、2階へ上がろうとすると、マリーが急いで声を掛けてきた。
「そうだ! 明日ね、エリックとカレンが来てくれるって。こっそりレイが家にいるって伝えたら、遊びに行くってね!」
マリーの明るい声にレイは微笑んだ。
(マリーさん、嬉しそうだな)
頷いて見せると、マリーは食事の準備に戻って行った。
レイはその姿を見送ると、ゆっくりと2階を見上げた。
エリオットさん、今回の事、どう思ってるんだろう……。
レイは、心配と少しの希望を胸に、階段を上がった。
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