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エリオットは怪訝な表情でエルフの女を見下ろす。
「"ベイクウェル家の異端児"と言われた貴方も、本当は心の奥で、助けを求めているのでは無いですか? 貴方にもディグニタス様のお導きが必要なのではないですか?」
口角を上げ、力強く告げる女。その勢いでフードの隙間から見えた髪色に、エリオットは見覚えがあった。
(それであの態度という訳だ)
フッと笑みを浮かべると、口を開く。
「あいにく、私は自分で見たものしか信じない」
ハッキリとした口調でエリオットが言うと、エルフの女の口元から笑みが消えた。
「今も、過去も、周りに助けられ、生かされている。見たもの、感じたこと、触れたこと…それを信じるのが、私の信念だ」
ニヤリと笑いながら、鋭い眼差しを女に送る。
すると、つま先立ちを止め、俯く様子を見せるエルフの女。
「……残念ですね。今の貴方となら、上手くやれると思ったのですが」
呟くように女が言うと、後ろの人間がその女に声を掛ける。話の内容は聞き取れなかったが、エルフの女は頷くと、エリオットの方へ向き直った。
「本日はこちらで失礼致しましょう。また、近日中にお伺いさせて頂きます。それでは」
言い終えると同時に、右奥にいた獣人が魔道具を掲げ魔力を送り込む。そして、ゲニウスの3人は赤い光に包まれ、その場に居なくなった。
「……移動魔道具か」
エリオットは、暫く魔力の流れがないか周辺を眺め、部屋へと入った。
ガチャリと玄関のドアを閉めると、レイが壁から顔を覗かせる。
「エリオットさん、大丈夫、でしたか?」
「あぁ、問題ない」
エリオットはいつも通りの態度で返事をすると、レイに近付く。
「お前は、何もなかったか?」
エリオットは精霊使いだろう人間の行動が気になっていた。
(もしかすると、精霊に部屋の中を調べさせて居たのかもしれない)
グッと拳を握るエリオットだが、レイはいつもの無表情でうーんと、緊張感なく宙を見る。
「特に何も……。一瞬、空気が騒ついて…でも、すぐに静かになった……と言いますか…」
「何だそれは」
意味がわからないと言う表情で、エリオットがすぐに聞き返す。それを見てかレイは慌てる。
あたふたと説明に悩んでいるレイに「まぁ、良い」と声を掛けるエリオット。
(ゲニウスがもし精霊に偵察させていたなら、レイ・シェルマンが居た事はわかった筈……。帰っていったと言うことは、コイツがいる事に気付かなかったのか……)
そう推測していたエリオットはハッと思い出す。
"鑑定の儀式"の日に、マッシモが発した『精霊達に好かれる体質』と言う言葉。
(精霊が、レイ・シェルマンを匿ったと言う可能性も……?)
エリオットがジッとレイを見つめる。
「ッ…?」
レイは居た堪れないといった表情で目を泳がせる。すると耐え切れなくなったのか、レイがエリオット方へ視線を向けた。
「い、色々、聞こえちゃったんですけど……ゲニウスとか、エリオットさんが、その……」
言葉がドンドン小さくなるレイ。
エリオットはハッキリと言わないレイに溜め息を吐いた。
「『ベイクウェル家の異端児』、だろ?」
「!」
レイは眉に皺を寄せながらパッと顔を上げる。
その表情は、聞いても良いのかと言う迷いが見て取れた。
(……何故こんなに人の事を気にするのか…。これもレイ・シェルマンの優しさなのか?)
エリオットが不思議に思っていると、視界でレイの身体がフラッと揺れた。
「レイ・シェルマン?」
レイの様子に声を掛けると、レイは膝から崩れるように倒れ始める。
「おい!?」
エリオットは急いでレイの身体を支えた。
レイの名前を呼ぶが、だんだんとレイの瞼が閉じていく。
(何が起こった…!?)
慌てるエリオットに、レイは苦しそうに微笑む。
「エリオットさん、すいません……なんだか、眠く、なって……」
レイは最後の言葉を言い切る前に、そのまま目を瞑り、規則正しい寝息を立て始めた。
エリオットは突然の事で、呆然と腕の中で眠るレイを見つめる。
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