8-1
モヤモヤとした何かが胸の奥から溢れ出す。
それと同時に、レイの心に霧が掛かった。
「でも、魔法を……」
「今はやめた方がいい。その方がお前の為だ」
エリオットの言葉に怪訝な表情のレイ。
(僕の、為…? 僕は、今やっと、魔法に向き合おうと思えたのに…魔法を使いたいと思ってるのに……ッ)
そう思った時だった。
「!?」
レイの心臓がドクンと跳ねた瞬間、意思に反して魔力が一気に溢れ出す。
「なんだ!?」
エリオットが慌ててレイに駆け寄る。
「あ、ぐ……ッ!?」
突然の事で何が起こったのかわからないレイ。自然と震える手を胸に当てる。
「おい、しっかりしろ!」
エリオットの声が聞こえるが、レイは苦しさで返事が出来なかった。
すると脳裏に黒い闇が広がった。
(な、なに……?)
呼吸がままならない中、その暗闇から目が離せずにいるレイは戸惑う。
そして、闇の中からフッと浮かび上がったのは、縦長の瞳孔を持つ黄金の目だった。
(ーー!?)
ギラリと睨まれ、レイは恐怖におののく。
視線がぶつかった瞬間、レイの心臓が掴まれたように脈打つ。
(こ、この目……さっきの、ドラゴン……!?)
視点が定まらないレイの耳には、エリオットの叫ぶ声が聞こえる。
「レイ・シェルマン!!」
何度も呼ばれる声に、カタカタと震えながらレイは顔を上げる。すると、エリオットが目を見開いた。
「お前……ッ、目が……!」
(……目?)
エリオットの強張る表情に不安を覚えた時、レイは胸の奥から魔力の波が押し寄せた。
「あぁああッ…!!!」
(く、苦しい……ッ!)
身体を突き破るような痛みに、レイは叫んだ。
すると同時に、本棚から書物が、キッチンから食器やカトラリーが、部屋にある物という物が全て空中に浮かび上がった。
「……ッ、浮遊魔法!?」
エリオットが辺りを見渡し、驚愕する。
「ぅあぁ……ッ」
レイは仰け反りながら一点を見つめ、息を荒くしていく。
「レイ・シェルマン! 力を抑えろ!」
エリオットが叫ぶが、魔力を制御が出来ないレイ。魔力の波と共に押し寄せる痛みと恐怖で、力の制御どころでは無かった。
エリオットはその様子を見て、急いで声を掛ける。
「俺の力で下ろす。お前はそのままでいろッ」
レイは反応出来ず、ただひたすら痛みと恐怖に翻弄されていた。
エリオットは、レイの魔力に自分の魔力を被せるように、素早く魔法を放出する。
そしてレイの力で宙を漂う物を、全て自分の魔力で浮かせる為、主導権を入れ替えようと試みた。
しかし、レイの魔力が強過ぎ、浮遊する物はピクリとも動かない。
「くっ…!」
(力が、強すぎる……!)
力の差に圧倒されるエリオット。
エリオットが浮遊魔法を強めると、対抗するかのように、レイの魔力も強まっていった。
その度に強い痛みを感じ、レイは顔を歪めた。
「ぁが……ぐッ……っ!」
「クソ…ッ、少し触るぞ!」
埒が明かないとエリオットは、レイの背中に手を当て、精神安定魔法を掛け始める。
するとレイの視界は、だんだんハッキリと見え始めた。更に痛みを与える魔力も、ゆっくりと弱っていく。
(暗闇が、明るくなる……)
レイの脳裏に広がる黒い闇も、徐々に白けていく。
それと同時にレイは、落ち着きを取り戻していった。
レイの力が弱まった瞬間ーー
それを好機と、エリオットはすぐさま浮遊魔法を強める。
(っ…! 身体が、軽くなった……!)
突如レイは重圧からの解放感を覚え、驚いた。
エリオットが魔力の主導権を握った瞬間、漂っていた物は静かにその場へと降りていく。
(す、すごい……っ)
レイは汗だくの顔で周囲を見渡し、漂っていた物が音を立てず、元の場所へ置かれる光景を目の当たりにする。
「っ……! はぁ、はぁ…ッ」
浮遊魔法を解いた直後、エリオットは顔を伏せ、息を荒くする。呼吸を整えるエリオットの額からは、大量の汗が流れていた。
「だ、大丈夫、ですか?」
精神安定魔法で落ち着き、震えも呼吸も整ったレイは、心配そうにエリオットを見つめる。
すると鋭い瞳がレイを映した。
「はぁ、はぁッ……お前、力を加減しろッ…!」
「え、あ…す、すいません……」
レイは、エリオットに言われ慌てて謝り、肩を落とす。するとエリオットは「いや、違う…ッ」とすかさず訂正をした。
「俺が言いたいのは……」
荒い息を整えようとしながら、言葉を続けた。
「……とにかく、お前が無事で、良かった」
その言葉と、心からの安堵を浮かべた表情に、レイは目を見開く。
その姿は、暴走した時に助けてくれた傷だらけのローレンヌの姿と重なった。
(まただ……。僕は、助けてくれようとした人をーーエリオットさんまで……苦しめてしまった……)
あの時の罪悪感と悲痛な気持ちが、再びレイを襲う。
(僕に、魔法を使う資格なんて……あるのかな……?)
更に、レイの頭の中には、あの黄金の目が焼き付いて離れず、魔法を使う事に恐怖を覚えていた。
(魔法……やっぱり、僕には……)
先程までの前向きな気持ちは、レイの中からすっかり消えてしまっていた。
小さく震える心の奥で、何かが蠢いていた。
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