7-3
すると、エリオットの声が聞こえてきた。
「では次だ。その中を覗けるか?」
「の、覗く……」
(む、難しい事、言うなぁ)
レイは思わず顔をしかめた。
すると、
「難しいか?」
と、心配する声が耳に入り、レイはビクッと身体を震わせた。
「い、いや……その……」
(心配してくれてるエリオットさんに、僕はなんて事を……)
レイが負い目を感じていると、エリオットが「止めても良いぞ」と声を掛けてきた。
「い、いえ。やって、みます」
レイは目を瞑ったまま答えた。
それを見たエリオットは未だにレイを案じる。
「無理するな。力が溢れたら、意識を一旦現実に戻せ」
「は、はい」
エリオットの言葉に返事をすると、レイは深く深呼吸をした。
そして意識を真臓へと向ける。
(何処から覗くのかな……)
輝く光の臓の入り口を探すレイ。
上から俯瞰すると、僅かに隙間があった。そこから魔力が漂っているように感じる。
(あそこか…!)
レイは光に近付く。
その隙間へ意識が近付くにつれて、中の様子が見えてくる。
そこには金色の液体のようなものが溜まっている。
キラキラと輝き、透き通るような液体。
(あれが、魔力なのかな)
レイは顔を隙間に向ける。
そしてゆっくりと覗き込むよう意識する。
(もう少し……)
そう思い、光に意識を集中した時ーー
「うわ…!?」
突然、輝く金色の液体が大量に弾け飛び、レイを包み込んだ。
(うぐッ…! い、息が……ッ)
レイは抵抗出来ず、そのまま光の中へと引き摺り込まれる。
「レイ・シェルマン!?」
エリオットの声が聞こえたが、レイは既に真臓の入口を通過していた。
ードプン
水よりも粘りのある液体に、レイは背中から落とされた。その衝撃で肺に溜めた空気を全て吐き出してしまう。
(い、息が……ッ、あ、あれ? 息、出来る……)
拍子抜けしたレイは、辺りをキョロキョロと見渡す。特に何もなく、ただひたすら金色の海が広がっていた。
光の海を漂うレイ。
夢の中へ入っていくように、ゆっくりと身体は沈んでいるようで、見上げると入口から遠ざかっていた。
下を見ると、底は全くわからない。
上がろうと抵抗するが、粘りのある液体のせいで、身体が思うように動かない。
(このまま落ちていくのかな)
レイが考える事をやめた時、
『レイ・シェルマン……!』
ふと耳に入ってきたのは、レイの名を呼ぶ声だった。
(この声、現実から聞こえる……エリオットさんだ)
それに気付いた時、レイは目を見開き、もう一度頭上を見上げた。
「あ、戻らなきゃ…!」
そう発した時だった。
底からボコボコと泡が湧き上がってくる。
「わわ!」
湧き上がる泡に押し上げられ、レイの身体が急浮上していく。
(この泡、僕を元の場所へ戻そうとしてくれてる?)
それが何なのか、わからない。
上がっていく方向と逆の方へ顔を向けるレイ。
すると、底の見えない海の深く……。
海と光が溶け合うその奥で、大きな何かが視線を送っていた。
それは、まるで、黄金のドラゴンのようだった。
レイは目を見張る。
(ド、ドラゴン……? いや、そんなはずは……でもどこか、懐かしいような……)
不思議な感覚に浸るレイだったが、我に返る。
(そんな事より、今は戻る事に専念しなきゃ)
レイは目を瞑り、エリオットの言葉を思い出す。
(意識を、一旦、現実に……!)
ハッと目を開ける。
すると、目の前にエリオットの顔があった。
「レイ・シェルマン! 気が付いたか!?」
その顔には焦燥の色が含まれている。
「あ、エリオット、さん」
レイが名前を呼ぶと、エリオットは眉を寄せ、薄緑の瞳をゆらがせた。
「…ッ良かった」
そう言って安堵の表情を見せるエリオットに、レイもホッとする。
「戻って、これた」
その言葉と共に身体の力一気に抜ける。
床にへたり込むレイは、全身が震えていた。
安心したのか、怖かったのか。
自分でもよくわかっていない。
するとレイに続いてエリオットも床に片膝をつく。
「大丈夫か?」
「はい」
心配の色をそのままに、エリオットは項垂れる。
「すまなかった……。お前に教えるつもりが、逆に、危険な目に合わせてしまった…ッ」
エリオットの謝罪にレイは震える手をグッと握る。
「謝らないで下さい。僕は、大丈夫ですから」
止まらない震えと流れる汗が、言葉の説得力を奪っている事は、レイ自身が一番わかっていた。しかし、なんとか大丈夫な姿勢を見せようとする。
するとエリオットが顔を歪ませ、レイの肩を素早く掴んだ。
レイは驚きエリオットを凝視する。そして、瞳に影を落としながら苦しむような表情のエリオットを見た。その表情を不思議に思っていると、エリオットがゆっくりレイから手を離した。
「今日は疲れただろう。ここまでにしよう」
「……え?」
レイはスッと立ち上がるエリオットを見上げる。
「ま、まだ、僕、出来ますよ……!」
「その身体で、よくそんな事が言えるな」
震えるレイを見て、呆れたように溜め息を吐くが、その口元は僅かに緩むエリオット。
しかし、その姿がレイの心に打撃を与えた。
(あ、呆れられた……? 僕が、ちゃんと……出来ないから…?)
心が騒つき、レイは鼓動が早くなるのを感じる。
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