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「二人とも、16歳になった子供は教会にて『鑑定の儀式』を受ける事は知っておるな?」
「「はい」」
二人が返事をすると、司教は頷いた。
「うむ。これは、700年前の平和条約が結ばれてから、三種族が定められたことじゃ。鑑定の儀式で、自分がどの種族に属しているか、そしてどんな力が備わっているのかがわかる。必ず儀式を受けなくてはならないのじゃ」
サムとレイはコクリと静かに頷く。
「この村からは、サム・ブラットとレイ・シェルマン。お主ら二人がこの儀式に参列することになっておる」
司教が言うと、サムが「司教様」と小さく手を挙げた。
「俺はすでに魔力が使えるんですけど、それでも『鑑定の儀式』は受けなきゃいけないんですか?」
「そうじゃな。最近では、三種族間で婚姻を認められたからのぉ……魔力の性質や種族の識別も行わなくてはならぬのじゃ」
「……そうですかぁ」
サムは少し面倒臭そうに視線を下ろす。
それを見て、司教はふわりと微笑んで見せた。
「ほっほ、心配するな。儀式はそんなに時間も掛からぬ。気負いせんでも大丈夫じゃ」
司教の柔らかい微笑みに、サムとレイは肩の力を抜いた。
その時、サムが思い出したように尋ねる。
「そういえば、今までに、ドラゴンだった人はいるんですか?」
その質問に司教は「ドラゴン?」と目を見開き、そして笑い声を上げる。
「ほっほっほ! 今までドラゴンと鑑定された者は一人もおらんのぉ。そうなったら、世界の大事件じゃ!」
「大事件?」
「?」
サムとレイはキョトンとした表情で司教を見る。
「そうじゃ。ドラゴンは、人間やエルフ、獣人の魔力は勿論の事、獣人の身体能力や腕っぷしまでも、遥かに上回っておるそうじゃ。もしドラゴンであれば世界的にも大きな影響があるじゃろう」
「へぇ~! ドラゴンってそんなに凄いんだ…!」
サムは目を輝かせながら、興奮気味にレイの背中を叩く。
レイは「うっ…」と顔をしかめ、地味な痛みを耐えた。
その様子を見て笑顔を見せた司教は、少しすると神妙な面持ちへと表情を変える。
「…それ故、他種族から恐れられていた事も事実じゃ…」
その声色に、レイとサムは真面目な表情を司教に向けた。
「天界へ移ったのは均衡を守る為だけではなく、我々との距離を取り安心して暮らせる環境を与える事も理由にあったのでは無いかと…わしは思っておる」
司教が目を伏せ言い終えると、少しの沈黙が続いた。
すると、サムが空気を変えるようにパッと笑顔を見せる。
「ドラゴンか…一度会ってみたいな! なぁ、レイ!」
「いや……僕は、遠慮しとくよ」
「えー! なんでだよ!」
サムは、不服そうな膨れっ面をレイに見せる。
するとレイは顔を上げ空を仰ぎ、ゆっくり目を瞑ると静かに言った。
「今のままが、一番良い…」
言い終えた瞬間、優しく吹いた風によりレイの黒髪がフワリとそよぐ。
しばらく木漏れ日の暖かさを堪能するレイの横顔を見て微笑むサムは、「あーぁ」と後頭部に両手を回した。
「出たよ! 現状維持、平和主義、無欲のレイくん。相変わらず向上心ねーんだから!」
「無欲…とは言われた事ないんだけど…」
無表情なレイは眉をひそめサムを見た。
「じゃあ聞くけど、レイはこの『鑑定の儀式』で、どんな力を持ってるって言われたいんだよ?」
「力は……なくて良いかな。平凡な人間で良いかな」
「それだよ、それ!」
「!」
サムはレイが言い終える前にすかさず言葉を遮った。
「それが、無欲だって事だよ!」
レイは「え?」と変わらない表情で首を傾げる。
「レイは欲が無さすぎる! 強い魔力が欲しいって普通思うだろ! 世界を救う魔力とか、浄化の力を持つとかさ!」
サムは吠えるようにレイへ顔を近づけ、共感を求めるように「ねぇ! 司教様!」と司教の方を見た。
「ほっほ、まぁ、そこがレイの良い所でもあるのぉ」
司教が白く伸びる髭を撫でながら笑うと、サムは「なっ」と言葉を詰まらせた。
「司教様、レイを甘やかすのはやめて下さいよ!」
サムは両手を振り上げ、更に力を込めて叫んだ。
「レイはもっと、こう、熱くなる事、しなきゃ、なんです!」
サムは間を開ける度、拳を握ったり、拳を突き上げたり、激し目のジェスチャーを加え力強く言う。
それを見て、レイは思わず口元に手を当て、笑いを堪えた。
「ふっ…サム、その動き、面白い…!」
「笑ってんじゃねえ! レイの為に言ってんだぞ!」
「ごめん…っ…!」
「お前はやれば出来る子だって、ずっと言ってるだろ!」
「くくっ……ありがとう、サム」
「笑いながら礼を言うな!」
サムは、レイを注意しながら「俺は真剣に言ってんだぞ!」とレイの両肩を掴む。
「ほっほ、サムは、レイの事を大事に思っているんじゃのぉ」
司教は、二人のやり取りを楽しげに見守り、「さて」と声を上げた。
戯れあっていたレイとサムは、その言葉に急いで背筋を伸ばした。
「二人共、明後日また教会で会おう。遅れて来る事のないようにのぉ」
司教は優しい眼差しの奥に、一瞬キラリと目を光らせた。
「「はい!」」
二人は姿勢を正したまま返事をする。
そして、
((やっぱり、釘刺しだったか…))
と内心予想的中し、目を合わせて小さく笑い合ったのだった。
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