3-2
階段の最後の段を降り、壁からキッチンの様子を伺う。
そこには、朝食を作る為キッチンで作業しているマリーがいた。
(何だか、久しぶりに会う気がする)
少し緊張するレイ。
マリーの背中を見ながら呼吸を整えていると、背後からエリオットが声を掛ける。
「おい、何突っ立ってんだ」
「!」
突然背中を押され、思わずリビングの床を踏み締める。すると、床の木材がギィっと軋んだ。
その音にマリーが振り返り、レイの方へと視線を向ける。
「レイっ–––!」
マリーはレイの姿を目に映すや否や、手に持っていた野菜を投げ置き、駆け寄った。
「レイ! 目を覚ましたんだね!」
マリーはレイをギュッと抱きしめ、暫くしてからゆっくり手を離した。
そして、目を潤ませながら「良かったッ」と、喜びを露わにする。
そんなマリーの顔は、少しやつれているように見える。心配を掛けてしまった申し訳なさが、胸の奥で大きく膨れ上がった。
「マリーさん、心配かけて、ごめんなさい」
表情には出ていないが、レイの暗い雰囲気を感じ取り、マリーは大きく首を横に振った。
「謝らなくて良いのよ! レイが無事で何よりなんだから!」
マリーが優しく微笑むのを見た。
レイは温かい気持ちになり、釣られて小さく笑みを浮かべる。
「でもレイ、身体は大丈夫なのかい? ずっと寝込んでたのに、急に動いて……」
レイは心配の色を見せるマリーに「平気だよ」と安心させように微笑む。それを見てマリーは目尻を下げ、頷いた。
いつものマリーにホッとするレイだったが、前の自分とは違う事---魔力を持ってしまった事、ドラゴンの血を引いている事をどう思うのだろうかと、心の何処かで不安を募らせた。
途端にレイは身体を強張らせ、俯いてしまう。
するとそれに気付いたのか、マリーがレイの両手をギュッと握った。
「大変だったわね」
「!」
マリーの言葉に目を見開くレイ。
素早く顔を上げると、マリーの揺らぐ瞳とぶつかる。
それを見て、マリーも自分の事を聞いたのだと悟った。
その瞬間、堪えていた不安や恐怖に押し潰されそうな感覚になる。
(マリーさんだって、不安になったはず。
僕がドラゴンので、暴走したなんて聞いたら、怖いに決まってる)
表情を変えないように努めていると、マリーが静かに話し出す。
「辛かったわね、レイ」
「!」
マリーの言葉に、息が詰まった。
レイが戸惑う中、マリーは続ける。
「レイは、ただ平凡に生きたいだけだったのに、突然魔力を持ってると言われて、ショックだったでしょう?」
「……ッ!」
自分の気持ちを言い当てられ驚き、レイはグッとマリーの手を握り返す。
「それにドラゴンのハーフだなんて、想像もしなかったわよね……」
「っ……」
レイは視界が滲む中、自分の気持ちを代弁するように話すマリーを見つめた。
その表情は苦しそうだが、真っ直ぐ見る瞳は、レイを案じているように見える。
すると、マリーは優しくレイの頭を撫でた。
「誰がなんと言おうと、レイは私にとって大事な家族で、レイは変わらずレイよ。だから、一緒に向き合っていきましょう? ね!」
微笑むマリーの目に涙が浮かぶ。
レイは目頭が熱くなるのを感じた。
涙を拭うマリーはいつもの明るい口調で声を掛ける。
「大丈夫よ! レイならどんな事でも克服出来るわ!」
「……マリーさん」
いつもの調子で元気付けるマリーに、レイの中にあった不安がゆっくりと溶けていった。
こんなに温かく見守ってくれる人が、すぐそばに居る。その優しさに感謝した。
その時、頬に一筋の雫が流れる。
「……『レイなら大丈夫』。ルナの口癖だったわね!」
「っ!」
『レイなら大丈夫よ』
母の言葉ーーそれは幼い頃、唯一聞いた朧げにも記憶のある言葉だった。
レイの顔が綻ぶ。
それを見て、安心したようにマリーも笑顔を向けた。
その様子を隣で見ていたエリオットは、
「なんだ、笑えるのか」
と口元を緩め呟いた。
すると、マリーが快活な笑顔でパンッと手を叩いた。
「よし! じゃあ、まずはご飯だね! お腹減ってるでしょう?」
「言われてみれば……」
レイは、マリーに言われて急に空腹感を覚える。その反応に笑いながら、マリーは後ろに立つエリオットにも目を向けた。
「エリオットさんの分も用意しているからね! 食べちゃいなさい!」
マリーが言うと、エリオットは真面目な表情で目を伏せる。
「私はいらないと、いつも言っているのですが」
「なーに言っているんだい! ご飯を食べないと力が出ないよ! さぁさぁお座りなさい」
座るよう促しながらキッチンへと向かうマリーの背中に、ジトリとした視線を送るエリオット。
それを見たレイは、エリオットに話し掛ける。
「もしかして、いつもマリーさんにご飯誘われてました?」
「……あぁ」
素気なく答えるエリオットの表情は、綺麗な顔には似合わない程のしかめっ面だった。
(美人が怒ると怖いって、この事なのか……?)
レイが少し怯えていると、エリオットは諦めたように溜め息を吐きながら、渋々とダイニングテーブルの方へと歩みを始めた。
(そこは、素直に聞くんだ)
エリオットの意外な言動に少し笑いながら、レイもエリオットの後に続いた。
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