8-4
教会の中は、息を呑むような静けさに包まれた。
耳鳴りがするほどの沈黙。
誰もが言葉を飲み込み、ただ、事の余韻に身を委ねていた。
その静寂を破ったのは、ローレンヌだった。
「サム、よくやってくれたのぉ。皆も、ありがとう」
ローレンヌの声が教会に響くと、シールドが解かれ、疲労の色を見せる司祭達の姿が現れた。
すると、すぐに何人かの司祭達がローレンヌに駆け寄る。
その中にはコリーの姿もあり、ローレンヌの前に膝をつくと、すぐに声を掛ける。
「ローレンヌ司教様、力を使っても?」
コリーが右手を左胸に当てにながら、ローレンヌに嘆願する。
「こんな老いぼれに使わんでも……」
「使ってもっ?」
コリーは前のめりになり、ローレンヌが拒否する前にもう一度尋ねた。
それを見てローレンヌは笑う。
「ほっほ、怖いのぉ。では、頼もう……サムも一緒に良いか?」
チラリとサムの方を見ると、コリーは大きく頷いた。
「もちろんです」
「?」
会話の内容がわからず、サムが2人を眺める。
するとコリーが、ローレンヌとサムに向かって手をかざし、ゆっくりと深呼吸をする。
「≪ヒール≫」
コリーが静かに唱えると、サムとローレンヌは柔らかな緑の光に包まれる。
光は温かく、触れるだけで痛みが引いていくような癒しに満ちていた。
「!」
サムは驚き、目を見張る。
そして、自分の体に出来ていた小さな傷が塞がれて行くのを見て、目を丸くした。
「す、すげぇ!」
暫くして光が消えると、ローレンヌがコリーを見る。
「ありがとう、コリー」
「あ、ありがとうございます!」
ローレンヌがお礼を言うのに続き、サムも目を輝かせながらお礼を伝えた。
「いいえ、どう致しまして」
ニコッと笑い、眼鏡を押し上げながらコリーは2人を見た。
「ヒールって事は、司祭様は、光か聖属性…?」
サムがおずおずと質問する。
「そうだよ。僕は、聖属性なんだ」
コリーはフワリと笑って頷いた。
「聖属性…! 初めて会った!」
サムがキラキラと尊敬の眼差しをコリーに向けていると、エリオットがサムの方へ近付き、しゃがみ込んだ。そして、ローレンヌとサムを呆れ顔で交互に見る。
「ローレンヌ司教もだが、お前も、危険な事をしやがって」
「!」
サムは、鑑定時のエリオットと別人のような態度に驚いた。
エリオットはローレンヌに視線を向けると、強めの口調で口を開く。
「あんた、良い歳なんだから無茶は大概にしろよ」
それを聞いてローレンヌは高らかに笑う。
「ほっほっほ、お主よりは、だいぶ若いんじゃがのぉ」
「変な冗談言うな」
(このエルフの素は、こっちか!)
サムがそう思っていると、エリオットはその視線に気付き、サムを睨むように見る。
「なんだ?」
怪訝な表情でサムを見るエリオット。
「口が悪いなと思って」
サムが悪気ない表情で言うと、エリオットは目を見開く。
「なっ……コイツ!」
エリオットが言い返すと、我慢していたコリーとローレンヌは堰を切ったように笑い出した。
「あっはは! エリオット先輩、言われてますよ!」
「ほっほっほ! サムの言う通りじゃのぉ」
「ッ…っち」
エリオットは歯噛みしながら、気まずそうに目を泳がせた。そして、話題を変える。
「それより、レイ・シェルマンの事はどうするんだ? 司・教・様!」
エリオットが少し苛立ちを見せながら言うのを、コリーは笑いを堪えながら見ていた。
「そうじゃのぉ….…」
ローレンヌは先程までの笑顔を消し、神妙な面持ちで視線を落とす。
「誰か、司祭にレイを見てもらえぬかと考えておる」
ローレンヌの真剣な眼差しにエリオット、コリーも表情を変えた。
「今日の事は、大勢の参列者に知られてしまった。セントラル内にこの話が広まるのは一瞬じゃろう。その為、レイのもとに要らぬ者達が集まってしまうかも知れぬ。それは防ぎたい…」
「なるほど」
エリオットは暗い表情で相槌を打つ。
「レイには、申し訳ない事をした。守ってやれなかったのは、わしのせいじゃ。特に、力を欲していないだけに、かなりショックを受けたじゃろう」
「…」
神妙な面持ちでサムに抱かれるレイを見つめるローレンヌ。
その言葉にサムも、眉間に皺を寄せながらレイを見た。
続けてエリオットも口を開く。
「特に今は、勢い付いているゲニウスに気を付けた方が良い。今の教祖は、世代交代して独裁主義の過激派だと聞く。ドラゴンの血を持つ者と聞いて、何を仕出かすかわからない」
エリオットもレイをチラリと見ると、口を閉じ何か考え出す。
「司教様、ゲニウスって、古代ドラゴンを崇拝してる宗教団体の事ですか?」
サムが尋ねると、ローレンヌは「そうじゃ」と頷く。
「彼らだけではなく、世界中からレイは目を付けられるやも知れぬのぉ」
「そんな…!」
サムは眉間に皺を寄せる。レイを抱くサムの腕は自然に力がこもった。
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