8-3
一方その頃、そんな状況とは知らず、レイはただひたすら自分の中で暴れ狂う魔力に翻弄されていた。
(苦しい、痛い……っ)
額からは滝のように汗が流れ、身体は震えが止まらず、呼吸もしづらい。
内側から大量の魔力が出て行く度に激痛が全身を巡り、痛みで意識が飛びそうになる。
しかし、溢れんばかりに湧き出る魔力が飛びそうな意識を引き戻してくる。
「うぅっ…!」
いつまで続くのかわからないこの苦痛に、レイはうんざりしていた。この力を鎮めようにも、どうすれば良いのかわからない。
顔を歪めながらいっそ息の根を止めてくれと願っていた。
その時だった。
「レイ、聞こえるかい?」
「ッ!?」
柔らかい声が聞こえたと同時に、肩にそっと触れる感触を覚える。
レイはハッと意識を戻された。しかし、痛みのせいで顔を上げる事が出来ず、何とか頷いて見せる。
それを見た声の主は、「良かった」と安堵の声を漏らした。
「レイ、わしじゃ、司教じゃよ」
「っ…!」
(司教様…っ)
レイは名前を呼びたかったが、声の出し方を忘れてしまったかのように声が出なかった。
だが、ローレンヌはレイが自分の言葉に反応した事に気付き、言葉を続ける。
「大丈夫じゃ、わしが付いておる。ゆっくりと呼吸をするんじゃ」
レイは、ローレンヌの言葉に少し安心すると浅い呼吸をゆっくりするように努める。
「その調子じゃ。少し落ち着かせるのに、わしの魔力を流し込むからのぉ。辛かったら合図しておくれ」
頷く素振りを見せるレイに、ローレンヌはゆっくりと魔法を掛け始める。
(すごく、温かい……安心する…っ)
その力は温かくレイを包み込み、大量に放出されていた魔力は少し弱まっていった。
レイの力が徐々に安定していき、やっとの事で汗だくの顔を上げる事が出来た。
しかし、一番に目に飛び込んで来たのは、傷だらけで血を滲ませているローレンヌの姿だった。
レイは驚愕する。
「し、きょう、さま……っ!?」
「レイ、辛かったじゃろう。もう少しの辛抱じゃ」
そう言って笑顔を見せるローレンヌを見て、レイは喉の奥が苦しくなり、視界がジワリと歪んだ。
黄金の瞳から涙が溢れ、頬を伝っていく。
「司、教様……僕はっ、何で……ッ!」
レイは、やり切れない思いが溢れ、顔を歪めた。
(力なんて、いらなかった。
平和に生きたいだけなのに。
今まで誰も言われた事が無い種族、ドラゴン。なんで僕が……?)
レイは変えようの無い自分の運命を恨む。
自分の力を羨んだ周囲の人々が嫌で、
自分をドラゴンだと告げ、
祝福の力と言った司祭に驚愕し、
こんな運命を与えた神に絶望する。
しかし、一番に恨んだのは、
ローレンヌを血だらけにしてしまった自分だった。
(僕は、なんて事を……!)
罪悪感と後悔が頭の中を渦巻き、胸の奥が軋むように痛んだ。
その時、優しい声が落とされる---
「レイ、自分を追い詰めるんじゃない」
「!」
レイは自分の心が読まれたのかと驚き、目を見開いた。
「人は皆、1人じゃ何も出来ないんじゃ」
「……ッ」
「自分じゃどうしようもない時は、頼って良いんじゃよ」
「ふ、うぅ……っ」
ローレンヌの言葉がレイの心に染み込んでいく。レイはボロボロと涙を流した。
「レイには、辛い思いをさせてしまったのぉ」
「うぅう…ッ」
止めどなく流れる涙は、頬を伝い、冷たい床を濡らした。
すると、後ろから「おい、こら!」と注意する声が聞こえ、すぐにレイの背中にズッシリと重みが加わる。
「っ!」
驚きレイは振り返ると耳元で声を掛けられる。
「おい、レイ! わかるか!?」
「っサム…!」
「サム、どうやってこのシールド内へ来たんじゃ?」
背後からガッチリとレイを抱き締めるサムに、レイもローレンヌも驚いた。サムは真剣な眼差しでローレンヌを見た。
「司教様が入っていったの真似して入りました!」
「そ、そんな簡単に出来る事では無いのじゃが……」
(サムの魔力が、司祭に優ったというのか…!)
信じられないと言った表情でサムを見るローレンヌに、サムは「そんな事より!」と口調を強く続ける。
「司教様! さっきのって精神安定魔法だよな!?」
「あ、あぁ、そうじゃが……」
「うっし!」
慌てて答えるローレンヌに頷いて見せると、サムは目を閉じ、レイに魔法を掛け始めた。
レイはローレンヌとはまた違う温もりに包まれ、更に暴れる魔力が収まっていくのを感じた。
「サム、何で……」
「何でって、レイの泣き顔なんか見てられっかよ!」
「!」
サムの言葉に驚くレイ。
そして、自然と身体を巡っていた痛みが無くなっていくのを感じ、呼吸もいつの間にか整っている事に気付いた。
段々と落ち着きを取り戻す中、意識が朦朧として行く。
(なんだか、眠く、なってき……た…)
ローレンヌはその様子に気付き、レイに声を掛ける。
「レイ、大丈夫か?」
(司教様、サム…あり、がと…う…)
「あ、おい! レイ!」
レイは朦朧とした意識をそのまま手放し、ゆっくりと前に倒れる。
驚いたサムは、背後から抱き締めたままレイを支え、ローレンヌも両手でレイを抱えるように支えた。
金色の魔力は和らぎ、フワリと地上に降り立った。
魔力は細かい粒子となり、光を反射しながらゆっくりと宙に舞う。
そして、まるで金色の雪が溶けていくように、静かに消えていったのだった。
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