6-3
「ッ……!?」
背筋を撫でるような悪寒に、レイの身体がビクリと大きく震えた。
「ど、どうした、レイ!?」
一通り教会を見渡し終え、他愛も無く話していたサムも、突然のレイの様子に驚きの声を上げる。
「いや……今、ちょっと寒気が……」
レイは両腕をさすりながら肩を縮めて小さく身を丸める。その様子に心配するサムは、レイの顔を覗き込んだ。
「大丈夫か? もう少しで儀式だぞ?」
「そ、そうだね。緊張、してるのかも…」
レイはサムに心配掛けまいと、なんとかいつものように話そうとする。しかし内心は、バクバクと心臓が脈打っていた。そんなレイに気付いたのか、サムはいつもの調子で口を開く。
「おいおい、しっかりしてくれよ、レイー」
「ご、ごめん」
謝るレイの表情はまだ硬く、それを察したサムは両手をレイの頭に乗せ、撫で回し始めた。
「え、あ、ちょっ、サム…ッ」
「おらおらー!」
レイは抵抗する間も無く、そのままサムの勢いに押され、身を委ねるしかなかった。
ようやく満足したのか、サムは手を離す。
レイは、ジトリとした目でサムを睨む。
「あっはは! そんな顔するなよ!」
「急に、何するの……」
ムスッとしながらレイは、両手でぐしゃぐしゃになった髪をなおす。
「まぁまぁ。どうだ? 落ち着いたか?」
ニヤリと笑う宥める気ゼロ感のサムに、レイは呆れる。
「落ち着けたと、思う?」
レイは表情には出ていないが、諦めの境地でサムに問い返す。
そんなレイにサムは笑いながら手を差し出した。
「ごめんって! ほら、手貸せよ」
笑顔で言うサムに、また何かされるのでは……と警戒心剥き出しのレイは、渋々と手を差し出した。
サムはレイの手を包み込むように握ると、ゆっくりと目を閉じ、何かに集中する。
すると、レイはサムと繋いだ手から、じんわりと温かいものが自分の中に流れ込んで来るのを感じた。
「……!」
その温かいものは肌ではなく、心の奥に染み渡るような、穏やかな温もり。
身体の芯まで満たされるような安心感に、レイの動悸は静かに整っていった。
「ふぅ……どうだ? 今度こそ落ち着いたか?」
サムがニヤリと笑いながらレイを見る。
レイは驚いたように瞬きをし、パッと顔を輝かせた。
「お、落ち着いた……! けど、サム、今のって…っ」
レイの弾んだ声を聞いて、サムは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「へっへー、すごいだろ! 精神安定魔法、使えるようになったんだ!」
「すごい…! と言うか、いつの間に…?」
感心しきりのレイに、サムは得意げに胸を張った。
「向かいの防具修理屋のおっちゃんが、ちょくちょく教えてくれてさ。ほら、あの気前の良いおっちゃん、覚えてるか?」
「あのおじさんが……! そうだったんだ…。これって、基本魔法のひとつだよね? 前に司教様が説明してた」
基本魔法––––魔力のある者なら誰もが習得する事のできる7つの魔法の事だ。
魔法学校に行かなくても覚えられる生活に使える魔法だが、やはり練習しなければ習得できない。そんなサムを見た事がなかったレイは、驚きを隠せなかった。
「あぁ! レイを驚かそうと思って、こっそり練習してたんだよ。ドッキリ成功だな!」
「うん、驚いた……!」
レイの反応を見て満足げな笑みを浮かべるサムに、レイは『サムらしいな』と内心笑った。
「サムは、基本魔法、全部使えるの?」
レイが問うと、サムは両手を後頭部に回しながら答える。
「いや~、まだ全部は無理だけど、保温魔法と保護魔法も使えるようになったぜ!」
「保温魔法は自分の体温を保温する魔法で、保護魔法は……バリアーの事だよね?」
「そう! 今は、浮遊魔法と攻撃魔法を練習中。もう少しでマスター出来ると思う!」
ガッツポーズするサムに、レイは少し悪戯な顔を見せた。
「へぇー…物を浮かせる浮遊魔法って、繊細じゃないと難しいって聞いたけど……サム、出来るの?」
「ぅおぉい! 俺が繊細じゃないみたいな言い方すんなよ!」
「ごめんごめん」
詰め寄るサムに、レイは思わず笑みを溢す。
「まぁ、俺がガサツなのは否定出来ねぇけどな! でも出来るようになったら見せてやる!」
「うん、楽しみにしてる」
「見とけよ!」
意気込むサムにまたもレイは微笑む。
「そういえば、水性魔法と発光魔法は練習してないの?」
ふと思い出した残りの基本魔法についてレイが聞くと、サムは目を泳がせた。
「あー……してるけど、結構難しいんだよなー」
「難しい?」
レイが首を傾げサムを見ると、サムは頷き説明する。
「水性魔法は空気中の水分を圧縮するんだけど……地味に集中力使うし、失敗するとびしょ濡れになるし。発光魔法は攻撃魔法の応用なんだけど、圧縮した力を留めるのが難しいんだ……」
「なるほど…」
魔法を使った事がないレイは、想像しながら神妙に頷く。
「応用と言えば、魔力量が多ければ移動魔法……テレポートも使えるらしいな」
サムが宙を仰ぎながら言うと、レイは顔を歪める。
「でも、移動魔法は相当魔力がないと、失敗するって聞いたよ?」
「俺も聞いた事ある。訳わかんない場所に飛んで行ったり、身体がバラバラに移動したり……怖いよな」
「……だね」
「俺、絶対使わないでおこうっと」
サムが苦笑しながら言うと、レイは「その方が良いよ」と大きく頷いた。
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