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その声の主の方へ、その場に居る全員の視線が一斉に向けられた。
そこには、濃い紫色の髪をした青年がおり、ためらいなく内陣の方へ向かって行く。
「ダニエル・ワット、どうしました?」
デビットは、淡々とした口調で声を掛ける。ダニエル・ワットと呼ばれた司祭は、長い髪を揺らしながら口を開いた。
「納得出来ません。何故私ではないのですか!?」
「不満ですか?」
デビットの問いに、苛立ちを隠せないダニエルは顔をしかめる。
「えぇ、そうです! 私はコリーより経験があります…! 何故彼が選ばれるのか説明してください!?」
ダニエルの声が教会の静寂を突き破った。傍らでエリオットは「うるさいな」と小さく呟く。
ダニエルの質問を聞いたデビットは、呆れたような表情を見せる。
「ダニエル、前回の儀式の事を忘れた訳ではありませんよね? 貴方が『鑑定の儀式』で、無理矢理力を引き出した若者は、儀式以来、今も心と体が乖離したままだと言うことを……」
冷静に語るデビットは、当時の若者の苦痛の叫びを思い出し、表情を歪めた。
しかし、ダニエルはびくともせず、デビットを見つめる。
「その件については、申し訳なく思っております」
目を伏せて見せるダニエルだが、その冷静な態度にデビットは口調を強める。
「ならば、何故そんな軽々しい態度が取れるのですか? 貴方は、わかっていないのでしょう……その若者も、その家族も今なお、苦しんでいるという事を…!」
デビットは、少し怒りを含んだ声色で言い放ち、ダニエルを見据えた。ダニエルは一瞬怯んだが、すぐにグッと顔を引き締める。
「わかっております。ですので、今回は慎重に……」
ダニエルの言葉を遮るように、デビットが口を開く。
「貴方に、儀式を任せることは出来ません」
先程の声色から一変して、デビットが落ち着いた口調でハッキリと言うと、ダニエルは「なっ」と声を詰まらせた。
「一部の司祭は、『鑑定の儀式』で才能を引き出す事が、名声を得る事と勘違いしている。貴方もそうなのでしょう、ダニエル?」
ダニエルは反論できず、口を閉じる。
「わかったのなら、下がりなさい」
「…っく」
デビットは静かに諭すようにダニエルへ告げる。ダニエルは、納得のいかない表情を浮かべながら、ゆっくり後方へと下がっていった。
その様子を見届けると、デビットはローレンヌの方へ向き直り、一礼した。
「大変失礼いたしました、司教様」
デビットは話を切り替え、続ける。
「先程呼ばれた3名は、未来ある若者達の為にも秩序ある対応を心掛けて下さい」
「はいっ」
「かしこまりました」
「仰せのままに」
各々の返事を聞き、デビットはゆっくり頷くと、他の司祭や信徒の方へ顔を向ける。
「今回選ばれなかった司祭達、そして信徒の皆さんも、本日は何が起こるかわかりません。お越し下さる参列者の皆様を見守り、適切に対応してください」
デビットが言い終えると、その場にいた者達は声を揃えて「はい」と応じた。
「では、司教様」
デビットがローレンヌの方へ視線を向けると、ローレンヌは口を開く。
「うむ、皆、準備の続きに戻るがよい」
その一言で、司祭や信徒達は慌ただしく作業へ戻っていった。
「コリー、エリオット、マッシモはこちらへ」
ローレンヌが3人を内陣の中へ呼び寄せる。信徒達の流れに逆行し、コリー、エリオット、マッシモはそれぞれ内陣内へ上がった。
3人が並ぶと、デビットが口を開いた。
「手筈は理解していると思いますが、鑑定時には若者の種族、魔力の有無、専属魔力の有無、属性を伝えて下さい。私が内容を控えます」
「「「かしこまりました」」」
3人が返事をすると、ローレンヌが一歩前に出る。
ローレンヌがデビットへ「リストを」と伝えると、デビットは魔法でリストの紙を浮かせ、3人へそれぞれ紙を渡した。
リストが行き渡ったのを見て、ローレンヌは口を開く。
「今日の儀式を受ける者のリストじゃ。振り分けをしておるので、確認をしておいてくれ」
「わかりました」
3人は頷き、各自リストに載る名前に目を通していく。
「それと、エリオット」
リストを見ているエリオットにローレンヌは声を掛けた。
「はい」
エリオットは返事をすると、ローレンヌの方へ視線を向ける。
「お主の鑑定人の中に、”レイ・シェルマン”と言う者がおる。この子は、より丁寧に扱ってやってほしいのじゃ」
「……と、言いますと?」
エリオットは一度考え込み、質問した。ローレンヌは顎髭を撫でながら答える。
「あの子から微かに魔力を感じるんじゃが、それに気付いてから3年も経つ。しかし、未だに魔力の覚醒がないんじゃよ」
エリオットは驚き、目を見開いた。コリーとマッシモも、リストから視線を外し、顔を上げローレンヌを見ている。
エリオットは、表情を戻しながら視線を泳がす。
「それは…不思議ですね。普通、魔力を感じたら1年以内には覚醒する者が多いのですが……」
長い歳月生きてきたエルフのエリオットでも、この現象は初めてのようだった。
「そうなのじゃ。わしも気になってのぉ。鑑定に長けたお主ならと、ハルファウン大司教様に願い出て、呼び寄せたのじゃ」
ローレンヌは、長年鑑定をしている20代後半の姿をした、齢427歳のエリオットであれば、レイのこの現象の謎、そして、丁寧な鑑定をしてくれると考えていた。
エリオットも、その意図を理解し「なるほど」と腑に落ちた表情を見せる。
「わかりました。私でお力になるのでしたら、誠意を持って対応させて頂きます」
「ありがとう、エリオット」
ローレンヌは安心したように頬を緩める。
そして思い出したように笑い出す。
「ほほ、しかも少し変わった子でな。力は欲しくないと言うておるんじゃよ」
「珍しい、ですね」
エリオットは、またもや初めての言葉に動揺し、目を見開いた。だが、その瞳の奥には興味深げな色を見せる。それを見て、ローレンヌは笑う。
「ほっほっほ、じゃろう。だからこそ丁寧に見てやってくれ。宜しく頼んだぞ」
「かしこまりました」
エリオットは真剣な表情でローレンヌに返事を返すと、再度リストに視線を落とした。そして、レイ・シェルマンの名を眺める。
(魔力を感じて、3年…か。何かありそうだな)
エリオットは、少し深い深呼吸をして、前を見据えた。
その陰で、恨めしげに内陣を見つめる男がいた。
先程騒ぎを起こしていたダニエルだ。
「くそ、頭の硬い司祭めっ…!」
ダニエルは、デビットを睨みつけながら悪態を吐く。
そして、隣にいる儀式担当の司祭達に目を向けた。
「何故、出来損ないのコリーなんだ! そしてあのベイクウェル…っ! あんな戦闘能力しかない外道司祭に任せるなんて、あり得ない!!」
グッと拳を握り締め、悪魔の形相で睨むダニエル。
彼は教会に入った当初から周囲の期待を一身に背負い、『いずれは司教になるだろう』と噂される程だった。教会から多くの任務も任され、日々努力を重ねてきた。
しかし、去年初めての鑑定の儀式を任された際、ダニエルは失敗した。
名声をあげる為に力を誇示しようした結果、逆に評判を落としてしまったのだ。
その後、教会の対応は一変した。仕事の内容は、信徒達と同じような司祭達の補佐に回されたのだった。
悔しさを滲ませながらダニエルは拳を見つめた。
(あの一件以来、皆が私を馬鹿にして力を認めない……! 次は上手くやれる! ここで挽回をしなければ、私の立場は…ッ)
ダニエルは、一旦考えるのを止め、深く息を吸い込んだ。
今の彼の立場は、まさに崖っぷちだった。
「私は司教になるんだ……こんな所で留まる器ではない…っ!」
キッと顔をあげ、内陣に立つ司教と司祭達を見る。
その目には、決意の光を宿していた。
「見ていろ……今回の儀式で、必ず私の名を上げてやる……!」
ダニエルは、親指の爪を前歯で噛み潰しながら、ギラリと藍色の瞳を細めた。
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