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『鑑定の儀式』の朝––––
レイは、いつも通りの朝を迎え、淡々と身支度を整えた。
マリーが用意した朝食を食べ、庭の草木はもちろん、昨日植えた苗に水を撒く。これもレイの日課だった。
そんな中、いつもと違う事と言えば、マリーがいつも以上に世話を焼いてくる事だった。
出発の準備を整え、レイが腰袋と護身用の短剣を携えていると、マリーが落ち着か無い様子で近づいてくる。
「レイ、大丈夫?」
その声に、レイは無表情ながらも、穏やかな口調で答えた。
「うん、大丈夫だよ」
「緊張しなくて良いからね!」
「うん」
「忘れ物はないかしら!?」
「無いと思う」
「洋服はやっぱりこっちにした方が…」
「いつも通りで良いよ」
忙しなく動き回るマリーに、レイは微笑みながら「マリーさん」と声を掛けた。
「マリーさん、心配しないで」
その言葉にマリーはハッと動きを止めると、肩をすくめて笑った。
「そ、そうね。私の方がドキドキしちゃってるかもしれないわ」
マリーは胸に手を当てながら深呼吸をしてみせる。マリーより少し背の高いレイは、マリーと目を合わせると安心させるように微笑んで見せた。
「儀式はすぐに終わるみたいだし、安心してよ」
レイが言うと、マリーはホッとしたように笑顔を返した。
「そうね、司教様もいらっしゃるから大丈夫ね!」
「うん」
明るい表情のマリーに、レイは小さく頷いた。
「レイにどんな力があるのか、楽しみにしてるわ!」
マリーに言われ、レイは表情を曇らせる。
「え……力は、なくて良いよ…」
そう言って目を伏せるレイは、平和に暮らせるなら力も名誉もいらないと静かに思う。
するとレイの言葉にマリーは「あら!」と驚く。
「何言ってるの! サムみたいに魔法が使えたら、色々便利よー!」
「うーん……」
いつもの調子で言うマリーに納得いかない表情を浮かべるレイに、マリーは思わず笑った。
「ふふ、レイは今のままで幸せと感じてくれてるから、魔法はいらないのね」
その言葉に、レイはパッと顔を上げると大きく頷いた。その力強い頷きにマリーは更に笑いを誘われた。
「まぁ、どんな結果であれ、レイはドーンと構えて帰ってくれば良いのよ!」
腰に手を当て、仁王立ちで言い放つマリーに、レイは目を見開きながら安堵感を覚えた。
「レイは、レイなんだから!」
不安を吹き飛ばすその言葉に、レイは心から感謝し、自然と微笑んだ。
「うん、そうする」
そう告げるとレイは、足取り軽く玄関へと向かう。
昨日から感じる視線––––おそらく”精霊”のもの––––もまた、励ましてくれているようで、レイは一層元気付けられる気がした。
そして、レイは玄関のドアノブに手を掛けると、振り返りマリーを見た。
「じゃあ、行ってきます」
「えぇ! 気をつけて行ってらっしゃい!」
マリーの元気な声を背に浴びながら、レイは外へ足を踏み入れる。
柔らかな朝日がレイの身体を包み込み、庭の草木達も、風に揺れながらレイを見送ってくれているようだった。
(今日も良い天気になりそうだな)
そう思いながら庭先の門扉を潜り、レイはサムとの待ち合わせの場へ向かって駆け出した。
––––これから、彼の運命を大きく揺るがす出来事が待っているとも知らずに。
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