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レイは変わらず土を掘り返していると、苗を全て運び終えたマリーが声を掛けた。
「レイ、ずいぶん早いわねー! 畝も綺麗に出来てるし、言う事なしね!」
レイは満足そうなマリーを見て「良かった」と安堵する。
畝の間隔や高さは、マリーにとって野菜を育てる上で欠かせないポイントらしい。何度もやり直しを言われてきたレイは、一発でマリーの太鼓判をもらい、(僕も成長したな)と少し自分で自分を褒めた。
最後まで畝を作り終えたレイは、次に苗を植える作業の手伝いをする。
「レイ、植える時は声掛けを忘れないんだよ」
「わかった」
レイはマリーに返事をして、何個か苗の乗せられたカゴを持ち、マリーとは反対側から苗を植える作業を始める。
山土に苗が入る程の穴を開け、苗を優しく入れると、周りの土を隙間なく寄せて埋める。
そして、
「大きくなれよ」
と一言声を掛ける。
これもマリーの大事ポイントだった。マリー曰く、植物に声を掛けると大きく、そして美味しく育ってくれるらしい。
一個一個の苗に声を掛けながら素早く植えていくマリーは流石だと、レイは思う。レイも負けじと速度を上げて苗を植えていく。
「大きくなれよ」
11個目の苗に声を掛けた瞬間––––
『大きくなるよー!』
突然、苗から声が聞こえた。
「っえ?」
レイは驚き、苗をジッと見つめる。
(な、苗が、喋った……?)
レイはキョロキョロと周囲を見渡し、声の主が他にいないかを探した。しかし案の定、周りには苗をテキパキと植えるマリーしかいない。
しばらく呆然とするレイは、気を取り直して苗を手に取り、作業を再開した。
その後も時折同じような声が聞いたが、レイは返事を返せる程慣れ、気にせず作業を進めていった。
*
作業を終え、畑を見たマリーは感動の声を上げる。
「これは新記録かもしれない…! こんなに早く終わるとは思ってなかったわ!」
そう言ってマリーは目を輝かせた。
それもその筈、いつもなら昼を回ってしまう作業が、この日は昼の一時間前に完了したのだ。
感動のあまり暫く畑を眺めるマリーを見て、水やりをするレイは思わず微笑んだ。
「レイのおかげよ! 山土の土加減もちょうど良かったし、だいぶ農作業が板についてきたね!」
「そうかな?」
マリーから褒められたレイは、無表情のまま作業を続けつつ、内心喜ぶ。
「えぇ! 今日も助かったわ!」
「お役に立てて、良かった」
レイはたっぷりと水をやり終えると、マリーの隣に並び、同じように畑全体を見渡した。
苗の葉に残る水滴が朝日を反射して、キラキラと輝く。風に揺れる苗は、どことなく喜んでいるようにも見えた。
それを見てふとレイは先程の事を思い出す。
「そういえば、さっき苗が喋った…気がしたんだけど…」
「あら! そうなの?」
「あ、いや……気のせい、かも…」
”苗が喋るはずない”という常識が頭をよぎり、レイは恥ずかしさと居た堪れなさを覚え、声をどんどん小さくする。
そんなレイの心情に気付いたのか、マリーは穏やかな表情で「それはきっと…」と口を開く。
「精霊よ!」
「精霊…ッ?」
予想外の答えに驚いたレイは、すぐにマリーの言葉を復唱した。
「精霊って、あの…?」
レイは眉をひそめると空を仰ぐ。
「えぇ! 精霊は植物や自然のもの、人工のものまで宿ると言われているわ。きっとこの苗の精霊が、話し掛けてくれたんじゃないかしら!」
そういうとマリーは「私も聞いてみたいわぁ」と笑顔を浮かべながら畑へと視線を移した。レイは自分の話を受け入れ、変わらず接してくれた事にホッと安堵しながらも、拭えない不安を口にする。
「こんな事言うの、変じゃないかな?」
レイが静かにポツリと呟くように問うと、マリーは「ふふ」と笑みをこぼした。
「変な事じゃないわ。この世界には、不思議な事が溢れているの。精霊の声を聞く人達だっているんだから、全く変な事じゃ無いわ!」
「そう、かな」
レイはマリーの言葉にフッと心が軽くなるを感じた。
「実は、ルナに言われた事があってね。”あなたが信じたもの、こと、全てが、今度はあなたのことを信じてくれる”ってね!」
母––ルナの名前に、レイは目を大きく見開いた。
「昔、私が苗に声を掛けている所を見られてね、『変なことしてるでしょ?』って笑ったんだけど、ルナは否定せず『素晴らしい事だ』って褒めてくれたのよ~! その時にその言葉を掛けてくれたわ!」
懐かしそうに話すマリーを見つめながら、レイは昨日に続き母の話を聞けたことを嬉しく思っていた。
「……そうなんだ」
「そうよ! ルナも私も、レイの事を信じているわ。だから、安心しなさい! あなたの母親とお節介なおばさんがついているんだから、怖いもの無しよ!」
力強く言うマリーは、ニッコリ笑いレイを見た。
レイは、マリーの心強い言葉と表情を見て、温かな気持ちでいっぱいになる。
「ありがとう、マリーさん」
「ふふ、いつでもレイの味方よ!」
そう言って、マリーはレイの背中を力強く叩いた。
レイは「いて…っ」と声を漏らしつつ、マリーの優しさに感謝した。
そして、運命の『鑑定の儀式』の日が静かに訪れるのだった。
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