服をくれ!
風邪、治ったよ!
いやー、強敵だった。
最終日まで放置した夏休みの宿題くらい強敵だった。
まったく。
まさか風邪でここまで苦しむことになるとは。
正直、甘く見ていた。
いくら貧弱な少女の身体とはいえ、僕には回復魔法があるから。
健康面に関して、大概のことはどうにかなると思い込んでしまっていた。
まさか、回復魔法が病気には無力だったとは。
盲点だった。解毒ならばっちりなのに……。
不思議だ。
しかし、改めて考えてみると魔法とはなんなのだろうか。
みんなは神さまの奇跡だーって言っているけど、前世の記憶がある僕としては、イマイチしっくりこない。
思い当たるのは、やはり魔力。
運動すると体力を消費するように、魔法を使うと魔力を消費する感覚がある。
ならば、魔力がなにかしらの作用を引き起こし、魔法という現象が発現しているのだろうか。
仮にそうだとして。
次に魔力とはなんぞや、ということになる。
うーむ。
分からん。
さっぱりだ。
ただ、ひとつ思うのは。
魔法という結果には、魔力の消費という原因があるように。
結果には必ず原因がある、ということ。
はてさて。
話を戻そう。
そう、風邪である。
それはもう苦しんだ。
風邪なんて二度と引きたくないと、心の底から痛感した。
僕は考えた。
原因は何だったのだろうかと。
明らかだった。
考えるまでもなかった。
……僕は誇りを捨てた。
裸族……?
ハッ。
服を着ないなんてバカなんじゃないんですか?
ごめんね、僕はもうその次元にはいないんだ。
ほら、見てよ。
ヒラヒラヒラ〜。
服だよ。
服を着ているよ。
うーんこの閉塞感。
……デザイン重視なのか、着心地あんま良くないんだよねー。着たり脱いだりもやりにくいし。
ジャージ的な服が欲し〜い。
ということで、フェメナに相談してみた。
「服を買いに行きたい、ですか……?」
「うん」
「そうですね……、欲しい服の希望を教えていただければ、私どもの方で買ってまいりますが……」
「自分で見て選びたい……」
君たち僕の希望無視して、可愛い服ばっかり買ってくるじゃんかー。
「うーん……、それはユース様が私用で外出なされる、ということですよね……。許可が下りるかどうか……」
「だよねー……」
うん……。知ってた。
はぁ。
気分はさながら囚われの姫だよ。
ヘルプミー、マ◯オ〜。
「ですが……、そうですね。なんとかなるかもしれません」
え、ほんと?
まじまじ?
まじんがー?
「ええ。少し時間はかかってしまうかもしれませんが、少々お待ちいただけますか?」
もっちろん!
ありがとー、フェメナ。
そして三日後。
僕はフェメナ、ミュミュ、ミリーの三人と一緒に、街に繰り出していた。
眼前には、人の群れ。
思わず某ム◯カさんみたいに、叫びたくなってしまう光景だった。
「いやー、団長もやるっすね」
ミュミュが感心したように呟いた。
「前回やりそびれたラクリマ湖の浄化任務。それの必要物資調達のために、街に立ち寄らせてくれー、なんてうまく言ったものっすよ」
「……さすが、団長」
ミュミュの言葉に、同調するように頷くミリー。
「あら、褒めてもなにもでないわよ?」
まんざらでもなさそうなフェメナ。
「でもねぇ。実のところ、もうちょっと時間がかかるものと思っていたのだけど……」
「そうなの?」
「ええ、そうなのです。物資調達といっても、必ずしもユース様を連れる必要があるわけではないので……」
彼女は不可解とでも言うように、軽く首を傾げた。
「それはあれっすよ。とうとうお上もユース様の魅力に気づいたってことっすよ」
お上。つまり、教会の上層部。
何度が顔をあわせる機会もあったけど、何を考えているのかよく分からない人たちというのが、正直な感想だった。
あの人たちが……ねぇ?
「さすがに考えにくいっすかね……」
「うん……」
「……ともかく」
そこで口を開いたのはミリー。
「……ユース様と一緒に、こうして街を歩けて嬉しい」
ミリー……!
「あっ、ずるいっすよミリー! ……ユース様、もちろん私だって嬉しいっすからね!」
「えへへ……、二人ともありがと……」
でへへへへ。
僕モテすぎで困っちゃう。
ごめんねー? かわいくてごめんねー?
「おわっ……」
フェメナに、背後から優しく抱きしめられる。
ふわりと、甘い香りに包まれた。
「あー! 団長、それは反則っす!」
「ふふふふ、残念。大胆な抱擁こそ団長の特権なのよ!」
何言ってるのフェメナ……。
……まあでも?
心地いいから、もうそのままで良くってよ?
「……待って、ミュミュ」
「……なんすかミリー。早く団長の魔の手からユース様をお救いするっすよ」
「良く見て……ユース様のお顔……」
「んー? あっ……」
その温かさに、僕の心は安心感で満たされてしまう。
……おっと、いかんいかん。
風邪の一件以来、どうもフェメナに弱くなってしまった気がする。
えー、こほん。
フェメナよ。
二人が見てるのじゃ。
恥ずかしいから離すのじゃ……。
「なんすか、あの甘えきった表情は……」
「最高に……かわいい……」
「ええ、たしかにかわいすぎます……。でも、なんすかねこの気持ち……」
「ネトラレ……?」
「それだ」
僕たちは服屋を目指す──。
そして、数分後。
僕たち、イン服屋~。
「ようこそいらっしゃいました。御子様、ならびに騎士の方々」
出迎えてくれたのは、端正とした雰囲気の女性。どうやら彼女が店主らしかった。
彼女は丁寧にお辞儀をしてくれた。
僕も会釈を返す。
お店を見回す。
ゆったりとした空間に高価そうな衣服がきちっと並んでおり、格式の高さがうかがえる。
豪華なお店だと思った(小並感)。
「あの、ジャージありませんか?」
「じゃーじ、ですか? ……申し訳ありません。そのようなものは私の知識にはございません」
「えっとね、見た目はすごくシンプルで良くて、とにかく着脱しやすく、着心地がいいものを探してるんです」
「ふむ、かしこまりました。少々お待ちください」
店主は少し考えるような素振りを見せると、お店の奥へと消えていった。
「ユース様、これ着てほしいっす!」
「……いや、こっちを」
「ふふふ、分かっていないわねあなたたち。ユース様はこういうもののほうが似合うわよ」
三人の手には、やたら装飾のついた、いかにもな服。
……あの。
嬉しいけど、僕が求めるのはそういうのとは違うんです……。
ほどなくして、店主が戻ってきた。
「御子様、こちらなどいかがでしょう」
そう言って彼女が差し出したのは、上下一組の衣服。
前世でいうならば、スウェットだろうか。
シンプルな形状に、無地で纏められている。
そう! それそれ!
そういうのでいいんだよ!
「店主よ。ユース様にそういうのはちょっと……」
おいこらフェメナァ!
「店主さん、ありがとう! 僕、こういうのが欲しかったんだ〜」
「いえ、恐縮でございます。あちらに試着室がございますので、サイズを合わせましょうか」
「うん!」
「な、に……?」
そんな絶望した顔見せても駄目だよ。
「ユ、ユース様……! 貴方様の魅力をより引き出せるものは、きっとこちらです! そのような地味なお召し物など……」
「──失礼ながら、騎士様。御子様は着心地の良いものをとおっしゃいました。そちらのお召し物は、確かに素晴らしいものとは存じますが、御子様はきっと気に入られないでしょう」
「う……」
「それに、御子様ほどの魅力をお持ちならば、このような素朴なお召し物こそお似合いになられるはずです」
店主さん、さすがプロ……!
「ぐ、ぐぅ……。ユース様……、ユース様は……」
フェメナが、縋るような視線で僕を見る。
……僕は目を逸らした。
「あぁ…………」
あの、うん……。
ごめんね!
その後、試着室にて。
「……悔しいが、店主の言う通りだ。あのような素朴なお召し物もまた、非常にお似合いだった」
「……そっすね」
「ああ、私の目は曇っていた……。ユース様の魅力をを飾り立てようとばかり奔走して、その本質を理解していなかった……」
「……うん」
「店主には感謝しなくてはならないな。ユース様の新たなかわいさを発見できたのだから。しかし、なんなのだろうか。この気持ちは……」
「……ネトラレ?」
「……ネトラレじゃないっすかね」
「それだ」
ちゃんちゃん。