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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第14章 原町田由香里2
97/164

第93話 覗くとどうなるの?

********************************************

 明日9/1 16:37杜陸(もりおか)

 はやぶさ25号 4―5A

 荷物あるから迎えに来てね。

 涼子

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 新幹線ホーム十四番線の四号車東京寄り乗降位置の乗客列先頭に並んだ逸郎は、到着したはやぶさから降りる客が途切れるのを待って車内に乗り込んだ。案の定、ファインはまだ5Aの席に座ったままで逸郎(ポーター)が来るのを待ち構えている。

 軽いものだけ手にしたファインを先に降ろさせると、逸郎は網棚から下したスーツケースと足下に置かれたボストンバッグを持ちあげて、いま乗りこんできた客に白い目で見られながら四号車から降りた。ホームでは、天津原涼子ファインモーションがグラビアみたいな立ち姿で待っていた。


「流石はいっくん。ぬかりないね。やっぱり、呼んで正解だったよ」


「ていうか、東京駅でどうやってこいつを網棚に乗せたんだよ」


 そんなの駅員さんにお願いしたに決まってるじゃない。そう言って、ファインは腕を組んで胸を反らしてくる。


「そんなことよりも先に言うことあるでしょ。いっくん」

 

 たしかに、と逸郎も頷き、ファインに真っ直ぐ向かい合う。


「おかえり。涼子」


「ただいま。いっくん」


 それとさ、と言いながら、逸郎は背負ってきたディパックから箱の入った細長い紙袋を取り出して、ファインに渡した。


「誕生日、おめでとう」


「あら、有能じゃない。ちゃんと憶えてたのね」


「去年、さんざんなじられたからね」


 そう言って逸郎は自分の顎を撫でた。


「開けるのは帰ってからにするけれど、なにこれ。お酒?」


 受け取った紙袋を突き返すように逸郎に戻しながら、ファインが尋ねた。

 自分で持っていく気は無いらしいが、そんなことは先刻承知。ごくごく自然に袋を受け取った逸郎は、ふたたびディパックに仕舞いつつ質問に答える。


MORTLACH(モートラック)の二十年。スコッチのシングルモルトだよ」


「二十歳の記念ね。それ、きっといいお酒なのね。ありがと。大切に飲むわ」


          *


「ねぇ、いっくん、なにから聞きたい?」


 タクシーが動き出してすぐにファインは、逸郎にそう尋ねてきた。


「そうだなぁ。ダイハン世界大会での快挙は、どうせこのあとあっちの席で聞くことになるし、ロチェスターの街のことや日常の生活なんかも、ゆかりんやシンスケが聞きたがるだろうから、それもそのときでいいかな」


 そういえば、とファインが話の腰を折った。


「先に聞いとくけど、このあとってどうなってるの?」


 不満げな様子など微塵もなく、逸郎はファインの質問に即答する。


「戯れ会主催で涼子のダイハン凱旋報告という名目の飲み会が、六時半から高島屋で」


「あら珍しい。ひっつみの高島屋さんなんて、うちの宴会には無かったパターンじゃない。決めたのはゆかりんちゃん辺りかな」


「ご明察。今までのとこが気に入らないって言い出して、ブルドーザーみたいに全部自分で手配してた」


 あそこならファイン宅(涼子んち)からも目と鼻だろ、と逸郎は付け足した。由香里は口には出さないが、間違いなくそのくらいの気配りをしている。そう逸郎は読んでいた。


「近くなのは助かる。なにしろいっぱい移動してきたから。とは言っても十八時半からだと、もうあんまり時間は無いのね」


「うん。だから土産話は、俺にしか話せない奴、でいいんじゃない? 今はさ」


 ふうん。と、ファインが意味ありげに笑う。


「なんか、いっくん、ちょっと見ないうちにカッコよくなったね。決断が早くなったっていうか、前には無かった余裕ができたっていうか」


 そう言って思案するファイン。しばらく窓の外に流れる景色を眺め、それから勢いよく振り向いた。眼がきらきらと輝いている。


「もしかして、経常的にセックスするお相手ができた、とか」


 整い過ぎるファインの見た目が気になって頻繁にバックミラーをチラ見していた運転手が、その可愛らしい口から出たセックスという単語に、明らかに動揺している。逸郎はそれに気づいていたが、とくにどうとも思わなかった。綺麗なものはとかくイメージを固定されがちだが、中の個々人に、そんなイメージを忖度する謂れなどない。


――それにしても『恋人』と言わないところが実に涼子らしい。


 そんなことを考えながらも、逸郎は少し恥ずかしげに視線を落とし、彼女の投げかけに応じた。


「うん。まぁそんなとこかな」


 やっぱり、と手を合わせ、破顔するファイン。


「それってきっと、弥生さんとは別のひとなんだよね」


 驚くべきはおまえの洞察力だよ、と逸郎は舌を巻く。


――マジで涼子には感服する。再会して早々に、こうバシバシ当てられては敵わんわ。


 一頭地どころか十馬身くらい抜けた容姿と、すべてを見透かすような明晰な頭脳。このスーパーな女と釣り合うやつなんて、どこにもいない。そう思いつつも、逸郎はそれに近いアビリティの持ち主のことを脳裏に描いていた。


「そのうち涼子にも紹介するよ」


          *


 中央病院向かいにあるマンションの部屋まで荷物を運びこんだところで逸郎の仕事は終わった。


「いっくん、ありがとね。とっても助かったよ。持つべきものは、呼べばすぐ来る有能な従僕(ともだち)、だね」


 寝室から持ってきたジュエリーボックスにイヤリングを仕舞いながらファインが言う。

 ソファに座り込んだ逸郎は呆れ顔で応えた。


「なんという功利的な定義」


 んふん、と含み笑いしながら、ファインはリビングと寝室を行ったり来たりしている。逸郎は不粋を嫌い、窓から見える遠景の山々を眺めていた。


――あっちは早池峰(はやちね)かな。


 はい、と置かれた緑色の十二オンス缶につられ、逸郎は顔を向ける。覗き込んでくるファインの瞳が、息がかかる距離にあった。思わずのけぞってソファに沈み込む逸郎を、部屋着に着替えたファインがくすくすと笑った。


「高島屋ならここから二分だから、いっくんはこれでも飲んで時間までゆっくりしてて。私は今からシャワー浴びるけど、覗いちゃダメよ」


――それって、覗けってこと?


「参考までに聞くけど、覗くとどうなるの?」


「問答無用で最大水量のシャワーを浴びせちゃう!」


「てことは、裸で行けばいいんだな」


「んふん。いっくん、やってみる?」


 圧倒的優位感を醸し出しながら煽ってくるファインに、逸郎はいつものごとく白旗を上げる。


「やめときます」


 じゃ、いい子で待っててね、と言い残してパウダールームに消えるファインを見送って、逸郎はハイネケンを開けた。

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