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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
幕間6 Taxi Driver
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第92話 或る雲助の独白

 俺は雲助。日毎夜毎、この街で行灯(あんどん)乗せた車を転がしてる。

 といって、別に法外なお足を取ったりするワケじゃない。まぁ、言ってみれば自嘲って奴だな。

 リーマン辞めてこの仕事に就いて、かれこれ十五年。今日も今日とて、こうして真っ昼間に駅前の車列に連なって、ぼーっとしながら客待ちしてるだけ。

 何が楽しいって別になぁんにも楽しいことなんか無いよ。けど、そうだな。綺麗なお嬢さんに乗ってもらえたりすればやっぱ嬉しいよね。あとたまぁに酷えのとか、もっとずっとたまに、胸のすくようなことにも出逢うことがある。


 そういう意味で、先月のあの晩は凄かった。全部まとめて来たもんね。ありゃもう、数え役満だよ。


          *


 呼び出されたんで待ってたら、やって来たのは二人連れ。まあ、フツーの酔っ払いアベックかと思ってドア開けたら、シートに押し込まれたスーツ姿の女の子が見たことないくらい綺麗な子で。

 さらりと流した黒髪はつやつやに光ってて、そこから覗く小顔の美しいこと。目を閉じててもわかるよ。ありゃあこの街でいちばんの美人さんだ。胸なんかも、スーツじゃ隠しきれないほど大きくて。でもスレた感じは全然しない。もうね、仕事を忘れて見入っちまったよ。いるとこにゃいるんだな、こういうホンモノの麗人ってのがって感じでさ。

 でもありゃ駄目だ。完全に酔いつぶされてる。すぐにわかったね。男の顔に見覚えがあったから。


 何ヶ月か前の夜の街で、此奴と此奴が押し込んできた可愛いお嬢さんを場末のホテルの前まで送り届けたことがある。あんときもそうだった。おろしてって訴えてきたお嬢さんの唇を無理矢理のキスで塞いだ此奴は、俺に、さっさと車を出せって命じやがった。乗ってる間じゅうも暴れようとしてたお嬢さんの自由を奪ってた此奴は、降りたあとに逃げようとするお嬢さんの腕掴んで、暴力的に抱きしめたままホテルの中に消えてった。よっぽど通報してやろうかって思ったよ。しなかったけど。

 おかげで俺は、あのあとの数日間を暗ぁい気持ちにさせられたんだっけ。


 ああ、今回もきっと同じだ。これから俺はホテルまで送らさせられて、綺麗で真っ当そうなこの女の子が此奴に滅茶苦茶にされるのの片棒を担ぐことになっちまうんだなってさ。

 最悪な気分だったよ。なんとかしてやりたい。でも、そんなことできっこない。此奴が上にクレーム入れて来たら、俺なんか一発で馘だよ。

 最後のひと押しみたいなそんな汚れ仕事を、これまでにもう何回やったか。こんなことなら今日は休めばよかった。そう思ったね。俺が休んだってこの子が姦られちまうのは変わんないだろうけど、少なくとも俺がそれを知ることはない。


 無力感でいっぱいだったそのとき、あの人が来たんだ。


 乗り込もうとしてた悪人の腕を捻じ上げて、俺の車から外に引き摺り出してくれた。すぐその後に走り込んできたおばちゃんは、俺に向かってごめんねって言って娘をシートから救い出してくれた。

 そのあとのやりとりは、まるで映画観てるみたいだったね。俺はもう大喝采だよ。あ、もちろん胸の中で、だけどな。

 あのバーのコンビは、あの子だけじゃなくて、俺までまとめて救ってくれたんだ。

 最高だったね。


 悪人の奴、走り出した後もずっと席でブツブツ言ってやがったけど、俺はもう嬉しくて、思わず愛想良くなっちゃったもんね。

 まあとにかく、奇跡みたいな夜だったよ。


          *


 お。次は俺の番か。

 旅行帰りの(あん)ちゃんね。はいはい。トランク開けますよ。


 兄ちゃんに手を貸してスーツケースを仕舞って運転席に戻ったら、いつの間にか女の子が乗ってるじゃねぇか。それも、めちゃくちゃ美人の。

 この前のあの子に負けてない。いや、ちゃんと起きてる分だけこっちの方が美人だよ。意外にやるもんだね、この街も。


上田通(うえだどおり)にお願いします」


 兄ちゃんが丁寧な口調で告げて来たけど、美人の方は全然関係ないって顔して窓の外眺めてやがる。どこのお姫様だよ。



 後ろでなんか喋ってるけど、内容はぜんぜんわからない。俺はもう、美人が気になって気になって、六:四(ロクヨン)でバックミラー見ながら運転してた。

 なんて言うの? こういうのを高貴っていうのかね。とにかくオーラが凄いのよ。賭けてもいい。横の兄ちゃんが彼氏ってことはあり得ないね。これは単なる付き人。だって完全にレベル違うから。


 その美人がさ、突然言うのよ。それだけは何故かはっきりと聞こえた。俺は耳を疑ったね。だって貴族のお姫様みたいな美人の可愛らしいお口が言ったんだぜ。「()()()()」って。しかもそう言ったあと、嬉しそうに手を合わせて笑ってやがる。

 俺はもうワケがわからなくなったね。

 それからはもう、後ろのことはすっぱり無視して真面目にクルマ転がしたよ。


 目的地に着いたら、渡された財布で男が支払って、俺が開けたトランクから荷物を受け渡す。お姫様はマンションの玄関でモデル立ちして、こっちも見ずに待ってるだけ。それがまた、実に自然体で。俺ら庶民とはまったくの別世界だったね。

 もちろん、さっさとお(いとま)だ。触らぬ神に祟りなし。



 ま、そういうワケで、この世捨て人みたいな仕事も、長くやってると色々と面白いことがあるってこった。

 でも今日はもう、さっきのでお腹いっぱいにされちゃったから、あとの客はフツーがいいや。

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