第78話 恋人さんにはちゃんと返さないと駄目ですよ。
おはようございます、という朗らかな声で、逸郎は目を覚ました。
目の前には弥生の自然な笑顔があった。逸郎が貸したクラスTシャツに昨日のデニムパンツ。
「あ。ああ、おはよう」
狼狽えた逸郎は、そう返すのが精いっぱいだった。
昨夜は、本当に手を繋いで寝ただけで済んだ。安堵とともに拍子抜けした気分も味わっていた逸郎に、弥生がスマートフォンを差し出す。
「メッセージ、届いてますよ」
見ると時刻は九時半を回っている。着信は二通。
「恋人さんにはちゃんと返さないと駄目ですよ」
読んだの? 逸郎が目でそう聞くと、にっこり笑って弥生は答えた。
「そんなわけ、ないじゃないですか」
そう言うと弥生は踵を返し、居間のテーブルの脇に腰かけて、TVを点けた。その様子に感謝しつつ、逸郎はスマートフォンを開く。
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おはよー♡
昨日に引き続き、休日出勤のすみれだよ。
今日はスライドづくりの追い込み。たぶん丸一日デスクに齧り付きだよ。
果たして明日明後日を休むことができるのか?!Σ(゜Д゜;)
(流石に大丈夫だと思うけどね('・c_,・` ))
まぁとにかく、忙しいってことだよ。
逸郎も、今日はご親戚のみなさまと仲良くね。
明日の夜は、一杯充電させてもらうから覚悟しててね♡(*ノ∀ノ)♡
すみれ♡
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はやくおきろーーーーーー!!!ヽ(`Д´)ノ!!!
すみれ♡
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二通目のタイムスタンプは 8:55 。
布団に座り込んだままの逸郎は、予定だったスケジュールの内容を織り交ぜてのおはようメッセージを仕立てあげ、既に仕事を始めてるであろうすみれに向けて、急いで送信した。
居間でTVを見ていた弥生は、逸郎のスマートフォンを閉じるのを見計らって近づいてきたかと思うと、逸郎の横にちょこんと膝をついた。
「朝ごはん、できてますよ。たいしたものじゃないけど、食べますか?」
食卓に出てきたのは鯖缶の雑炊だった。よそってもらったお椀には青ネギも散らしてある。
「鯖の缶詰と冷凍ご飯、それと冷凍のお野菜も少し使っちゃいました。あとお出汁も。お口に合うかな?」
美味しかった。もともとたいした自炊などしない上に、夏休みの不在もあって備蓄食材などほとんどなかったはずなのに、あるものだけでこれほどのものがつくれるとは。もしやこの娘は家庭料理の天才か?!
そんな逸郎の胸の裡での大絶賛も、言葉にしなければなにも伝わらない。心配げに顔色を覗き見ている弥生に、逸郎は応えた。
「マジで美味しい。毎朝でも食べたいくらい」
「うれしい! 毎朝つくってあげたって、いいんですよ」
弥生の顔が花開いた。
その笑顔を見ることができた僥倖に、逸郎は、ヤバい、と思った。




