第77話 IRTS
「これよりIRTSの第二十六回円卓会議をはじめます。委員のみなさんの準備はよろしくて?」
中央のプロジェクターから放たれる光線で白く光る大型スクリーンを背にした菫が、議長席から厳かに宣言した。
照明が無いので広さがわからない暗い会議室。プロジェクターを囲むドーナツ型テーブルの、十二時、四時、八時の位置で三つの人影が席についている。
「No Problem.」
議長の右手、八時の席に座るVioletがすました顔で答えた。
正三角形の残った頂点、四時の席から、すみれも応える。
「呼ばれたから来たんだけど、肝心の議題は?」
あなたそんなこともわかってないの、と言いたげな呆れ顔を向けたものの、そこは決然とした口調で、議長席の菫が答えた。
「青森濃厚接触の成果と今後の戦術的展望および課題について」
「Aomori Rich Contact Achievements and Future Tactical Prospects and Challenges.」
美しい発音でVioletも復唱する。
「なにそれ固過ぎ。ていうか普通に言おうよ、ツーリングの反省会って」
すみれの横槍を無視して、菫は話を進めた。
「まずは、燈七温泉の混浴事案から入りましょうか」
「Case 1. The Mission of Mixed bathing in Toshichi hot spring.」
菫の背後の大型スクリーンに燈七温泉入り口の映像が映し出された。
「はいはーい。あれは初手からやり過ぎだったと思いまーす」
と、すみれ。
「Why? 」
「だってマスターはあの時点でイツローのトラウマを知ってたワケじゃん。その見立てで行くなら、あそこまでやるのはむしろ悪手だったんじゃないかって思いまーーす。逆に引かれたりしたら、そのあとの行程ハリのムシロじゃないですか。ていうか、実際少し引いてたし」
スクリーンには、湯船の中で後ろから裸の逸郎に抱えられ、前を隠すのもおぼつかない貧弱なタオルが浮かび上がらないよう押さえている必死の貌のすみれが映し出されている。
「But, All is well that ends well」
「そりゃ結果論でしょ。だいたい、それ言ったら反省会になんないじゃん」
「たしかにすみれさんの意見も一理あるわ。あの作戦を具申した責任者としても、あそこまで混沌化するとの予想は出来てなかったことを認めるわ。なによりも、めちゃくちゃ恥ずかしかったし」
「でしょ。まぁ、私もあの湯浴み着はないわーって思ったけどね」
「Me Too.」
「そ、そうよ。あのデザインは無いわ。あれじゃ殿方を興奮させようがないんですもの。それにVioletさんの言う通り、終わりよければなんだから、アレのことはもういいじゃない」
「でもそれじゃあ反省会に……」
「アレはもう黒歴史なの! 触れちゃいけない過去なの!!」
「The missing history, that should be untouchable...」
「まぁ議長がそこまで言うんなら、アレのことはおしまいにしたげましょ。ぶっちゃけ、あの作戦は時期尚早だったよね。今なら笑って行けそうだけど」
「駄目よ、もう。次に混浴したら、絶対に蒸し返して笑われるもの。そんなの耐えられない。この件はもう二度と思いだされてはいけないのよ。だからもう、マスターとイツローさんの温泉旅行に次は無いわ」
「はいはいワロスワロス。じゃ、次行きましょうか」
「Next Theme.
Case 2. Reservation of Hotel lake Towada.」
スクリーンの映像が夕暮れに赤く染まる山間の湖に切り替わった。
「そう。十和田湖荘ね。あの予約は我ながらうまくいったと思うんだけど、すみれさんのご感想は?」
「あれはまぁ、いいんじゃない? 綺麗に決まった感はあるよね」
「I think so, too.」
十和田湖荘の映像を背景にした菫も、自慢げに応じた。
「やっぱりそうよね。議長たる私の機転による起死回生の一手とはこのこと……」
「おっぱい推しのVioletちゃんが提案したノーブラ作戦もハマってたしね」
スクリーン上の浴衣姿のすみれを前にして、Violetも満足げに頷いている。
「Yes! Because his gaze was nailed to our boobs.」
菫も苦笑した。会議室に和やかなムードが流れる。
――これでこそ、議長である私の求める姿……。
しかし、その菫の戦勝ムードをぶち壊すように、すみれの右手が真っ直ぐに挙げられた。
「はい! はい! はい! はい! でもさ。あのイケイケムードのとこでマスターにやらすかな、初恋話のカミングアウト」
場内に緊張が走った。やはりこれは避けて通れないのか。
――いや、あの場面が俎上に上がるのは予想されていたことだ。
菫は呼吸を整えて口を開いた。
「すみれさん、あの件はいずれどこかできちんと告解する必要があったの。それもできるだけ早いうちに。あなただってそれはわかってたでしょ?」
「そりゃそうだけどさぁ。なにもあの雰囲気でやらかさなくてもよかったんじゃないって思わない? イツローのゴム買い忘れ失態を癒すためにしては、ちょっとばかし重すぎないって」
「However, There is no time like the present.」
「いや、Violetちゃん。思い立ったが吉日って、それは乱暴すぎるでしょ」
「And, After a storm comes a calm.」
「そう。そうなのよ。Violetさんの言う通り。雨降って地固まる、なのよ」
「まぁね。最後はちゃんと抱っこしてもらえたしね、マスター。てことで、十和田湖荘作戦は、概ね成功って感じかな」
「むしろ大成功よ!」
「Absolutely complete Success!」
「ふたりがそう云うんなら、私も敢えて反対はしない。なんせ、終わりよければ、だしね」
「最後はいよいよ……」
「DDDDDocking CCCConnection!」
「なにドモってんのよ、Violetちゃんは」
「そりゃ興奮もするわよ。だって、オペレーション・ランデヴーなのよ。宇宙船がドックに入ってきちゃうのよ。ひゃー、よ。ひゃーー!」
「そんなあなた、初めてってワケでもないのに」
「なに言ってるのすみれさん、ほっとんどはじめてじゃないですか。だいたい最初のときのこと覚えてますか、あなたは? 私はもう痛かったことしか思いだせません。ていうか、それすら覚えてません。もう、ぜんぶぜーーーーんぶイツローさんに書き換えてもらいました」
ホテルグランド青森アネックスとシティホテルDIVOの寝乱れたベッド映像が左右に並ぶスクリーンの前で、菫は頬を上気させうっとりとしている。もう議長の威厳などどこにも見当たらない。Violetも耳の先まで真っ赤にして興奮している。
弛緩しきったふたりの姿を見てかえって冷静になったすみれは、動議を提示した。
「いいですか、おふたりさん。たしかに青森での濃厚接触作戦は成功裏に終わりました。ここに至るまで時間はかかったし、私らスタッフは随分とやきもきもさせられたけど、まさに終わりよければの大成功を納められたんじゃないかな、って私も思う」
すみれはそこで息を継いでから、でもね! と、ひときわ力の入った声を張り上げた。
「マスターにはまだ完遂できてない大きなミッションが残ってるよね。そのことを忘れちゃダメでしょうが。つまりそれは――」
「それは?」
「That's......」
「作戦名『KOIN』! 英語名称だと Operation Oral Experience !」
「Oral Experience......」
「KOIN……。『口淫作戦』のことね」
「そう。ぶっちゃけ、マスターは口でするのにめちゃくちゃ抵抗を見せてるじゃないですかぁ。最初のアネックスのときはともかく、シティホテルDIVOでは、どう考えてもイツローはそれを期待してるなってのが、少なくとも二回はあったよね。私が気づいたくらいだから、私より注意深い議長とか、私より百倍エロいVioletちゃんが気づいてないなんて言わせない。にもかかわらず、マスターはそのサインをスルーしたよね。あれはマズイと思うんだな」
「I also regret it. but...」
「いえ、Violetさん。これについては完全にすみれさんの言う通りだわ。私たちは、イツローさんを悦ばせたいというマスターの気持ちを、具体的な行動として細部まで立案し具申しないといけないのよ。そして、こと口淫に関しては、イツローさんからのリクエストサインを認めたにもかかわらず、応じることを提案できなかった。それは何より、私たち三人の知識とスキルが足りてないから!」
菫は顔を上げた。その瞳には、留学すると目標を定めたあのときと同じ、いかなる困難にも立ち向かい、それを克服し必ず手の内にするという強い意志の光があった。
「すみれさん、Violetさん。至急必要な資料をあつめて。私も体中のあちこちのパートと連携を図れるよう新しいニューロンハイウェイを構築するから」
目標を捉えたときの彼女たちの動きに無駄という単語は無かった。すみれもVioletも、手元の端末で早くもいくつかのHow toページや動画サイトをクロールしている。
「次の目標は、私たちの最重要ミッションである『口淫作戦』を成功させ、マスターを一刻も早くフェラチオの使い手にすること。無論のことですけど、いつも通り独学で。幸い次回イツローさんと逢う最短の日程は十一日後です。それまでの間に少しでも目標完遂に近づけましょう。いいですね、みなさん」
「I copy!」
「まかせて!」
*
かくして、Innerspace Round Table in Sumire(IRTS)による第二十六回脳内円卓会議は無事閉会した。
もうじきすみれの枕もとで、目覚まし時計のアラームが鳴り出すはず。




