表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第11章 中嶋弥生2
76/164

第73話 この前のポニーテールさん?

 オレンジの常夜灯が灯る薄暗い部屋で、逸郎は目を覚ました。DVDプレイヤーのデジタルが 08:26 と表示している。肩に掛かっていたブルゾンを跳ね除け、急いで体を起こした逸郎は、弥生が寝ていた辺りを見回した。が、姿は無かった。

 まさか、ひとりでどこかに行っちゃったのか? 自分の部屋に? それともまさか、槍須のところに……。


 逸郎は恐慌(パニック)を起こした。いや、起こすところだった。

 そのとき、台所と繋ぐ引き戸が開いて、逆光のシルエットが明るく声をかけてきた。


「おはようございます。目、覚めたんですね。ちょうどよかった。パスタ、今できたところです。勝手とは思ったんだけど、材料、使わせてもらっちゃいました」


 電灯の吊り紐をカチカチと引いた弥生は、一旦台所に戻ると、パスタを盛り付けた皿をふたつ手にして明るくなった居間に戻ってきた。

 安堵の溜息を大きく吐き出した逸郎は、寝込んでしまったことを謝った。弥生は首を振る。


「ひと晩中オートバイに乗って横浜から帰ってきたんだから、疲れてたに決まってます。それに、私だって少し前に起きたばっかりだし」


 見ると居間のテーブルはきちんと整理され、どこから見つけたのかランチョンマットまで敷いてあった。逸郎が勧められた上座には座椅子が置いてある。弥生はテキパキとよく動き、すぐに準備が整った。

 逸郎は、Bluetoothスピーカーに繋いだスマートフォンの()()()()()でチル系のプレイリストを選んでから、あらためて部屋を見回した。


――こんな快適なダイニング空間、引っ越してきて初めてだ。


 逸郎は弥生の家事適応能力に驚いた、とともに、これなら社会復帰も遠くでも無いかもという希望さえ持った。

 よいしょ、と言いながら弥生はテーブルの角をL字に挟んだ席に腰を下ろした。


「「いただきます」」


 玉ねぎとピーマンとツナ缶だけのシンプルなパスタだったが、美味しかった。逸郎はその感想を、ちゃんと言葉にして伝えた。


「嬉しい。お口に合うか心配だったんだけど、お世辞でもそう言ってもらえてよかった」


「お世辞なんかじゃない。ホントに美味しいんだ」


「ありがとうございます。それで、なんですが、明日は少し食材買いに行きませんか。もうちょっときちんとしたのをつくりたいから」


 頷く逸郎に弥生ははにかんだ笑顔を返す。本当に嬉しそうだった。


「私、イツローさんにこうやってご飯作ってあげるの、夢だったんです」



 食事を終え、逸郎を制した弥生が皿を下げて後片付けをはじめたとき、逸郎はすみれの連絡を思い出した。

 スマートフォンが着信のバッジを点している。慌てて開くと、三通もメッセージが届いていた。

 最初のはいつもの日常報告で、タイムスタンプは十九時半。三十分後の二通目は、返信が遅いという抗議。数分前に届いていた三通目は、心配げな内容になっていた。

 洗い物をしている弥生の背中を気にしながら、逸郎は急いで返信を打った。



********************************************

 すまない!

 寝過ごしてた。

 昼間ちょっとバイクで走ってたんだけど、暑さにあたって疲れてたっぽい。

 ちょい昼寝と思ったら、こんな時間になってたよ。


 すみれは一日お仕事だったのに。

 心配させてごめんね。

********************************************



 送る前に神奈川の今日の天気だけは調べた。概ね晴れだったことを確認して、送信ボタンを押す。返信はすぐに返ってきた。



********************************************

 一日遊んできたのね。いいなぁ学生さんは。

 どの辺走ったのかな。やっぱり湘南?

 来年は私もバイクで帰るから、一緒に走ろうね。


 明日はご親戚の集まりだっけ。

 月曜日には長距離乗るんだから、飲みすぎたりしないようにね。


 あー、明後日の夜が楽しみ過ぎて眠れないヾ(*´∀`*)ノ

 でもゆっくりでいいから、安全運転で帰ってきてね。


 愛してるよ♡(ノ´∀`*)ノシ♡すみれ♡

********************************************



 後ろめたい気持ち一杯で返信を読んでいると、横に弥生が立っていた。

 あわてて画面を閉じる逸郎。


「この前のポニーテールさん?」


 抑揚のない静かな問いが降ってきた。さっきの食後のときの明るさが嘘のようだった。


――今の弥生に嘘をついてはいけない。


 腹を括った逸郎は、頷きで返事に代える。

 そう、と応じ、弥生は逸郎のすぐ横に腰を下ろした。


「遠目にしか見てないけど、とても綺麗なひと。ふたり並んでるところがすごく自然で、幸せそうだった。私もあんな風に、イツローさんと並んで立ちたかった」


 膝と膝が触れ合う距離感。1m以内に近づくな。そう書いてあった由香里のメールが頭をよぎった。

 片手を逸郎の腰の横に付いて、その腕に体重をかける弥生。何も言わず、ただ上目遣いに逸郎の顔を覗き見ている。


 緊張に耐えきれなくなった逸郎は、風呂をつくってくる、と言いながら立ち上がった。今日は一杯汗掻いたしね、などと、言い訳のようなセリフも合わせて。


 静かな夜は、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ