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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第11章 中嶋弥生2
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第67話 そんなんだったらあたしにもワンチャンあったんじゃん。

(ヒマ)だ」


 金曜ロードショーを観終えた逸郎が、座っている安楽椅子を揺らしながら、うめいた。膝の上には豆柴が満足そうな顔をして寝ている。据え膳の晩飯も食い、風呂も済ませて、逸郎自身も、もうあとは寝るだけである。

 閑過ぎる、もう一度、声には出さずに呟いた。


          *


 休暇日程と体力をギリギリまで消費したすみれと逸郎は、それだけはかつてないほど充実した気力にまかせて、青森からの二百キロ超を深夜一気に走破した。そして後朝(きぬぎぬ)の余韻を交わす間もなく、すみれは大学の仕事に、逸郎は実家に帰省へと向かった。


――考えてみれば、免許を取った日からねぶたまでの八日間、俺は毎日すみれと一緒に過ごしていた。朝待ち合わせてお出掛けしてそのまま夕方まで走り回る日々。最後の三日間に至っては、まさにぶっ通しでふたりきりだ。

 飽きたとか嫌になったとかは微塵も感じてないけど、こうやって別々に行動するのは逆に新鮮な感じがするな。


 愛車(サベージ)に跨り、早朝の六号線を上りながら逸郎は、忘れかけていた単独行の気楽さを改めて噛み締めていた。それが一週間前。


          *


 久しぶりに地元友だちと遊んだり同窓会で初恋の子と三年ぶりに会話をしたときも、気がついたら逸郎の頭の隅にはいつもすみれが居て、一緒に楽しんだり膨れ顔になったりしていた。


――そう言えば流れで行ったあの飲み屋街で飲んだときも、跨られた記憶などまったく思い出さなかった。すみれに完璧に上書きされたんだな、俺。

 すみれは今どうしているだろう。秋の学会でパネラーをする教授の手伝いをすると言ってたけど、忙しいのかな。後期のシラバスもまだ手付かずって泣いてたし。


          *


「この三日間でイツローをいっぱい充電したから、私、きっと凄く頑張れるよ」


 すみれは別れ際にそう言っていた。

 朝晩にはメッセージをやりとりしているから元気だということは逸郎もわかっている。だがそろそろ愛しさが暴発しかけていた。


――逢いたい。早く逢いたい。なんならすぐにでも。


 だが明後日(あさって)十八日に予定されている親戚一同の集まりは外すことができない。だから次に逢えるのはその翌日の月曜日の夕方が最短になる。一関のジャズ喫茶まですみれが迎えに来てくれることになっている。


――待ち遠しい。てか待ちきれない。すみれ成分が枯渇しかけてるよ。これがすみれロスって奴だな。


 この数日ひとりでいるときはいつも、逸郎は青森での記憶ばかり反芻していた。

 ふたりして(かせ)から解き放たれたかのように交り合い慈しみあった絢爛の二日間。ほとんど初めて同士と言ってもいいふたりの交歓は、当然のことながら決して手慣れたものではなかった。だが、お互いが相手を愉しませることを第一にした営みは、悦楽に昇華するのにさほどの時間はかからない。重ねるごとに馴染んでいく身体の共鳴は、逸郎にとってまったく新しい地平だった。そしておそらく、すみれにとっても。


――柔らかかったなぁ。


 逸郎はすみれの豊潤な胸を思い出していた。指が埋まるほどの柔らかさとそれを押し戻してくる弾力性。腰を使うたびに、ワンテンポ遅れで大きく動いて主張する存在感。やめられなくなる素敵な反応を誘発するピンク色の突起。

 逸郎の股間の変化に気づき、豆柴がいぶかしげに顔を上げた。

 もともとの逸郎に巨乳を好物とする癖はない。愛用しているグラビアや画像なども普通のサイズや、ともすればやや控えめなものばかりを選んでいる。そもそも、胸の大きさで女性を評価すること自体が彼のポリシーに反しているのだ。だから体験した今であっても、宗旨替えをしたつもりは毛頭無い。が、すみれのは別だ。あのボリューミーな物体を媒介に、すみれの自分に対する無条件な(ゆる)しが癒しの波となって流れ込んでくるのを知ってしまった今や、これまで培ってきた己の好き嫌いなんぞなんの意味も持たない。


――大きい小さいなんて関係ない。俺は、すみれのがいい。


 それがいまの逸郎の真実だった。



 あの二日間で、青森市街で購入した一ダース入りを全部使い果たしてしまった。それでも足りないと、ふたりして思った。逸郎は、自分の性欲があんなにも強かったことに心底驚いた。


「まさに覚えたての猿だったな」



「なにが猿なのよ?」


 いきなり声を掛かった。


「どうせカノジョのことでも考えてたんでしょ、この猿が。いいよねぇひとり暮らしの学生さんは。あたしンときなんて自宅通学だったから、美味しいことなぁんもなかったもんね。地方から来た連中とかはすぅぐ同棲とかはじめやがってたのに。てゆーか逸郎、あんたもやっちゃうの、同棲」


「そんなこと、するワケないじゃん。ねえちゃんじゃあるまいし」


 同じく帰省中で家にいる六歳離れた姉の律子は、現在は都内で彼氏と同棲しているらしい。昨夜サシ飲みに連行されていろいろと聞かされたことによると、相手は勤務先の上司で三十代半ばのバツイチだとか。なんかどっかで聞いたことあるような話だったが、こっちの方は第二の女がいたわけでもなく、普通に円満に暮らしてるという。

 その席で、逸郎も随分と事情聴取されてしまった。この夏バイクに乗り出したこと。同時に、初めての彼女ができたこと。一緒に青森にツーリングしてねぶた祭りを見てきたこと。相手が年上の才媛で、大学の准教授だということ。


「なんだよ。あたしより年上じゃんか。あんた、そういうの好みだったっけ? てか、そんなんだったらあたしにもワンチャンあったんじゃん」


 ないない、と手を振る逸郎。

 律子は昔からこんなふうに逸郎をからかうのが好きだった。

 もちろんだが、エロいライトノベルでしか実在しない姉弟丼(きょうだいどん)などという展開があるはずもないし、これまでにもそんな兆候など微塵もなかった。


――それはもう、ゼッタイ間違いないから。


 誰に向かっての言い訳なのかは知らないが、逸郎はそんなことを胸の中で強く主張していた。


「にしても、このスタイルは反則だよね。これ見せられちゃ二十歳まで頑なに童貞守ってきてた我が弟も落ちるわ」


 逸郎のスマートフォンを取り上げ、勝手に画像をスクロールしていた律子は、奥入瀬渓流をバックに二台のバイクの前で並んでポーズするふたりの画像を見つけ、そう言った。

 勝手に見るな、と抗議してスマートフォンを取り返す逸郎は、ホテルの部屋でふたりで撮り合った危うい画像ファイルが残ってたりしないかと冷や冷やしていた。早々にローカルのストレージに避難させてはあるものの。


「うーん。さすがは我が弟よ。この大金星を、よくぞ勝ち取った。褒めて遣わすぞ。てか、他のも見せてよ。おねえちゃん、逸郎の彼女さんをもっと見たい~」


 どうやらすみれは姉・律子のお眼鏡には(かな)ったようだった。逸郎は諦めてロック解除したスマートフォンを姉に預け、しばらくの間は問われるがままに画像の説明をしていた。



「あ、なんか来た。そーいやあんた、映画観てるときからスマホが鳴ってたの気づいてないでしょ」


 そう言いながら律子は逸郎にスマートフォンを手渡し、代わりに膝に乗っている豆柴を抱き上げた。


「噂の彼女さんから?」


 手許に帰ってきたスマホはたしかに着信のバッジを点している。すみれとの定時通信は映画放映の直前に済ませているので、このタイミングなら感想か考察でも投げてきたのかもしれない。そんな予測をしながら安楽椅子から立ち上がった逸郎は、覗き込もうとする姉を遠ざけつつスマホの画面を開く。

 そこにはこう表示されてあった。


 ┌────────────┐

   着信 ゆかりん 2件

 └────────────┘

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