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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第10章 横尾すみれ3
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第58話 もしかして大きくなってる?

 燈七(とうしち)温泉は、知る人ぞ知る秘湯である。海抜千四百メートルという高地に佇み、露天から雲海を見下ろす絶景の天然温泉。むろん、知る人でない逸郎は、当然のように知らなかった。あの動画を見さえしなければ。

 ヤリスちゃんねる第十九回と二十回。アカウントが凍結される半月前の、六月最初の週末に連続して公開された動画の舞台が、その燈七温泉だった。


 ここは全国でも珍しい混浴温泉でもある。その特性を活かすべく槍須が弥生を伴って遠征し、動画コンテンツに仕立てていた。

 動画は、野趣あふれる外湯に乗り込んだ槍須が、その場に居合わせた中年男性(顔はぼかしている)に手持ちカメラを頼むところから始まる。濁り湯に浸かって座り込んだ槍須の上に跨るように、手拭い一本だけで前を隠した全裸+黒マスクの弥生(マーチちゃん)が腰を落とす。白濁した湯で胸の先端まで隠し、横に置いたフリップボードを掲げた。後ろから抱きかかえる形の槍須は位置を調整するように身体を揺すりながら、弥生(マーチちゃん)が胸の前で持つフリップを差し示して温泉の特性を説明していた、それこそ、TVの紹介番組のような能弁さで。

 説明を続ける槍須の手が、フリップの陰で胸を(もてあそ)んだり躰を抱えて上下させたりするたびに、弥生(マーチちゃん)は苦悶と悦楽の入り混じった表情を浮かべ、吐息を漏らしていた。


 繰り返し何度も視聴した逸郎は、その動画で初めて燈七温泉の存在を知った。もちろん場所も調べた。足が無かったその頃は、行く機会があるとも思ってはいなかったのだが。

 だから今日のコースを検討する際にそこが目と鼻のところにあることは、初めからわかっていた。


 混浴の秘湯と告げたときも、すみれが怯むことは無かった。動画での弥生は手拭いだけの全裸で入浴していたが、詳細を検索済みの逸郎は女性用の湯浴み衣が用意されていることも知っている。だからある意味これは、すみれに課する度胸試しみたいなもの。この提案を持ち出すことできっと主導権を取り戻せる。その程度の気持ちだった。

 むろん、湯に浸かる弥生の裸身を思い出さなかったわけではない。だが、自分は槍須とは違う。己にそう言い聞かせ、上書きしてあげると言ってくれたすみれの言葉に掛け金を乗せたのだ。


          *


 お盆にはまだ早い平日ではあったが、百万人を動員した祭りの翌日ということもあってか、駐車場には既に複数の車と数台のバイクが停まっていた。

 オートバイを降りたふたりは、何気なく眼下の景色を眺めた。視界の先、遠景ではあるが、なんの遮蔽物も無しに露天風呂が一望できた。裸の人影も複数確認できる。

 逸郞はすみれの顔色を伺う。こわばっては見えたが、わりと普通の声で逸郎に先を促してきた。だが、グローブを外して繋いできたすみれの手は少しだけ汗ばんでいた。


 男女別の内湯で汗を流し温まった逸郎は、持ってきたスポーツタオルを腰に巻いて露天風呂のある室外に出た。八月と云えど、この標高にもなると風はかなり涼しい。ちゃんと温まってこなかったら寒いくらい、と逸郎は思った。

 隣にある女子の内湯からは、すみれはまだ出てきていない。逸郎は大胆な提案をしてしまったことに、早くも後悔していた。

 すみれには、首から下を隠すタオル地の女性用湯浴み衣が売店にあることを教えておいた。当然それを被って出てくるのだろう。


――とは言え、それにしたってその下は裸なわけだし。


 湯浴み衣をふくらませながら湯に浸かるすみれのイメージは、記憶の中の弥生の画像と重なった。すみれとも弥生ともつかない女性が、先に浸かっている自分の膝の上にゆっくりと腰を下ろす。しがみついてきたときの胸の感触が呼び覚まされ、脳内に展開される映像に重なった。

 想像しただけで腰巻タオルの前面がむくむくと持ち上がってくるのを逸郞は自覚した。いきり立つそれを落ち着かせんと幻像を振り捨てた逸郎は、かわりに素数を唱えはじめた。

 二、三、五、七、十一、十三、十七、十九、二十三、……。


 四百九十九まで数えたところで女子内湯の扉が開いた。

 すみれが出てきた。旅館やホテルのアメニティにあるような手拭いサイズの白いタオル一枚を胸許で押さえて。


「ちょ! すみれ! 湯浴み衣は?!」


「せっかく秘湯に入るのに、あんな小学生の水泳タオルみたいなのなんて、無粋過ぎよ。イツローだってそう思うでしょ?」


 ポニーテールを揺らすすみれは、こともなさげにそう言った。


「そりゃまぁそうだけど。でもそんなんだと他の人に見られちゃうじゃん!? はだか!」


「そりゃお互い様でしょ。温泉なんだし。それに前はちゃんと隠してるよ。この通り」


 すみれは当たり前のことのように言い放ち、左脚に重心を掛けて身を反らした。

 絵画のアフロディーテのごとく左右の手を胸と下腹部にあてがい、前面を隠す申し訳程度のタオルが風になぶられるのを押さえている完璧な裸身。石壁を背に佇む生身のすみれの姿を眼前にして、逸郞の頭の中に残っていた弥生の幻像は消し飛んだ。

 涼しい表情のすみれだったが、よく見ると耳全体は真っ赤に染まっている。


「いや、それじゃ後ろが丸見えに……」


 狼狽え切っている逸郎に、すみれがぎこちない笑顔で応えた。


「他のひとに見られるのがそんなに嫌なら、イツローが後ろにピッタリくっついて隠してくれればいいじゃない」


 駄目だ。これは勝てない。主導権奪取を諦めた逸郎には、すみれの提案を受け入れるほか手は無い。すみれの顔だけを見つめながら後ろに回った逸郎は、せめて自分のタオルの方が大きいから交換してくれと、懇願することしかできなかった。歯止めの利かない生理現象はさっきからずっと極限状態を示している。

 揺れるポニーテールとその裏のうなじだけを凝視する逸郎は、下半身に巻いていたタオルを外して前を向くすみれに手渡そうとした。ともすれば滑らかな背骨の曲線を下に辿りそうになる目線の画角(フレーム)を殺すため、逸郞は半歩踏み出す。差し出されたタオルをすみれが受け取ろうとする刹那、逸郞の先端がすみれの腰高な白桃に触れた。


「ひっ!」

「ごめん!」


 ふたり同時に声を発した。


「イツロー、もしかして・・・・・・大きくなってる?」


 すみれの声はビブラートがかかっている。

 そんなの、当たり前だろ、とぶっきらぼうに答える逸郎。


「私の裸で大きくなってるのね」


 小声を耳にした逸郎はもう、内湯に逃げ帰りたかった。が、すみれの片手が逸郎の腰に回ってきた。


「嬉し。ねえ、もっと近くにきて。身体がくっつくくらい」


 囁くようにそう言ったすみれは、逸郎の腰に回した手と自らの尻とで逸郎をサンドイッチにした。屹立した逸郎のそれは、すみれの白桃の隙間に挟まれている。


「イツロー、私のタオル、ちゃんと押さえててね。風でめくれたら、イツローもまだ見れてない大事なとこが大勢のひとに見られちゃうかも」


 もう、言われるままである。



 異形の二人羽織は、かえって入浴客の注目を浴びながらも、そのまま露天風呂に浸かった。

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