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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第10章 横尾すみれ3
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第55話 くれぐれも安全には気ぃ付げで。

「パレードの太鼓、凄かったね」


 バスの中で、昨日と同じポニーテールのすみれは膝の上のヘルメットを太鼓のように叩きながらはしゃいでいた。


「あれ見ると、地元の開国祭とかペリー祭とかが色褪せちゃう」


 裾野からの盛り上がりが違うんだろうな、と応える逸郎に、すみれは尻尾を揺らせて大きく頷く。


「ホントそう。あのあとも凄いのいっぱい来たんだよ。おじちゃんお兄ちゃんたちの踊り、見せたかったなぁ」


 眉を寄せて悔しそうな顔のすみれ。


「夕方からのイツローのバイトが無かったらもっと長く一緒にいられたのに」


「しょうがないよ。祭りの四日間は観光客がいっぱい来るから、お店もかき入れどきなんだって」


 逸郎はすくめた肩をそっとすみれにぶつけた。商店の連なりを抜けたバスは明治橋に差し掛かったところ。車窓には北上川の流れが映っている。

 免許を取得し、さらにあの恥ずかしい過去話を披露したのは二日前。すみれの白紙委任宣言にプレッシャーを感じてひと晩悶々とした逸郎だったが、気持ちをリセットする意味も込めて翌朝早くすみれに電話を入れた。その日ちょうど開幕する街を挙げての祭りに誘うために。

 結果は上々。あの夜以前と同じ、屈託のない関係で一日を終えることができた。


――バイト前の間隙とはいえ、昨日誘ったのは本当に良かった。祭りのことを教えといてくれたシンスケに感謝しないといけないな。


 逸郎はそう思いながら胸を撫で下ろす。

 すみれとは今日のためにも早々に関係を修復する必要があったのだ。なぜなら今日、八月二日はオートバイの納車日。そしてまさに今、ふたりはバスに乗り、カゲトラオートに向かっている。愛馬となる鉄騎を受け取る姿を想像する逸郎は、徐々に湧き上がってくる興奮を抑えきれずにいる。が、隣で耳たぶを紅く染めて窓の外を見つめているすみれを盗み見て少し落ち着いた。


――おんなじ気持ちになってるんだな。


 スキニージーンズの膝を抑えている力の入った手を覆うように、逸郎は自分の手を乗せた。


          *


 カゲトラオートの入口すぐに、二台のバイクが並べてあった。

 スズキⅤストローム250と、同じくスズキのサベージ400。形は随分と違うが、ともに赤と黒が基調のオートバイで、双方ともピカピカに光っている。

 赤いサマーブルゾンと黒のスキニージーンズを合わせたすみれが、赤いヘルメットを抱えてⅤストロームの横に立った。明らかにポージングしている。しょうがねぇなという顔をしながら、逸郎はポケットからスマホを取り出した。もちろん、逸郎もにやけている。


「二台とも整備は万全だぁ。すぐにだってツーリングでぎるっけ」


 カゲトラオートの菊池さんも嬉しそうだった。


「おふたりみでぇな素敵なカップルにふさわしいバイクにするだめ、おらだづもけっぱったよ」


 そう言われますます調子に乗ったすみれは、これ見よがしに逸郎の腕にしがみついてくる。


「本当は続ぎナンバーにしてやりだがったんだんだども、排気量が違うっけでぎながったっけ。おもさげね」


 菊池さんが申し訳なさそうに言った言葉に、すみれは、お気持ちだけで充分です、と上機嫌で返していた。



 様々な書類手続きと支払いを終えると、もう昼前になっていた。

 並んだバイクに跨ってエンジンに火を入れるふたりに、菊地さんは大声で最後のエールの言葉をかけてくれた。


「くれぐれも安全には気ぃ付げで。なにがあったらすぐにきてくなんしぇ。どったな細げえごどでもかまわねぇーがら」


 赤と黒のジェットヘルをそれぞれがかぶりポジションを整えたふたりは、その声に振り返って感謝のハンドサインを送った。


 車の流れが切れるのを待って、先に逸郎のサベージが、次いですみれのⅤストロームが、ふらふらと右折して国道に走り出ていく。



 カゲトラオートから北に一キロほどにある街道に面した焼肉屋で、早くもふたりは休んでいた。平日の昼時ということもあって店内はそこそこ混んでいたが、隠れた人気店の割には待つこともなく、すぐに席に着くことができた。おそらく市民や旅行客の多くは、今日も市街地で行われている祭りの方に集まっているのだろう。

 窓を背にしたすみれはいつも以上に饒舌だった。たった一キロの走行がまるでロングツーリングであったかのように、様々な新しい経験を並べ立てるのだ。


「加速がね、ハンドルの黒いとこを回すのが……」


「スロットル」


「そう! そのスロットルがうまく回せなくて、ぐいーんってなっちゃったり、すととととってなっちゃったりするの」


「アクセルワークのことだね。俺も初心者だから一緒だけど、それはもう慣れるしかないんだろうね」


「あと左足と左手が忙しくって」


「シフトレバーとクラッチね」


「そうそれ! 教習所ではうまくやれてたんだけど、信号の前とかパニクっちゃって。いま何速に入ってるのかわかんなくなっちゃうの。青になってクラッチ離すときはギャンブルだよね」


「そんな。交差点毎にギャンブルやってたら、目的地着くころにはお財布すっからかんだよ。さっき駐車場停めたときも最後はエンストだったもんね。あれ、発進のとき何速に入ってるのか見ものだね」


「ひどい! イツローのいじわる。もう手ぇ繋いだげない」


 テーブルの下で、すみれのブーツががしがしと逸郎の足を蹴ってきた。少し困った顔をした逸郎は、テーブルの上に投げ出されているすみれの手に自分の手を乗せた。すると蹴り足は治まり、膨れっ面から満足顔に早変わりしたすみれの指が絡んでくる。

 やってられないと思ったのか、店員がふたりの間にどんと音を立てて冷麺を置いた。

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