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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第9章 パレード
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第49話 祭りのときはいっつもこんな感じだよ。

 街中は人で溢れている。

 正直言って、これは異常だ。異常とは要するに、「常とは異なる」ということである。言い換えれば「ハレ」のこと。この街の今日からの四日間は、まさにその「ハレ」そのものだ。

 商工会議所が主催するその祭りは、毎年百万人を超える観客が訪れるこの街最大のイベントだ。しかも今年は、わが県沿岸の小さな町が全国レベルの聖地のひとつとされている格闘球技「ラグビー」のワールドカップイヤーということもあり、日本代表チームもパレードに参加するらしいのだ。

 県内外から観光客が訪れ、宿泊施設は満杯札止め、飲食店は阿鼻叫喚、散髪屋は早々に店仕舞いして露天に早変わり。県外に散った出身者たちも祭りを目当てに帰省して即席の同窓会をそこここで繰り広げる。


 かく言うあたしも、やむにやまれずパレードの一員として踊ったことが何度かあるし、売り子の真似事も同じくらいやった。街の中心部に長らく住んでいると、そういうこともあるのだ。ちなみに兄は今年も、勤め先の有志として参加している。だが、人生におけるハレのような生活を日々過ごしている安穏大学生としては、このような騒ぎは快適でストレスフリーな日常を破壊する迷惑行為以外の何物でもない。


 が、しかし、だ。

 このカオスな状況は、日常的な他人の目を苦手とする引き籠りにとっては、外の空気を存分に吸える格好の機会だとも言える。世の耳目は練り歩く行列に集中し、人口を倍する数の見たことも聞いたことも縁もゆかりもない人々があたかもチンダル現象のように勝手気ままに蠢くこの状態。これこそ、彼ら自称日陰者が大手を振ってリハビリするチャンスなのだ。これを逃す手は無い。断じて。


          *


「遅い」


 待ち合わせ場所を間違えたか、はたまた、夕方起きが染みつき過ぎて未だ目覚めていないのか。

 彼奴(きゃつ)の場合、携帯での連絡というのが壊滅的に機能しない。スマートフォンは、ただ持ってるだけ。外出時に持ち歩くという発想も無くなってるのではないかと思われる。もしかしたら充電すらしてないかも。二十歳前女子にはあるまじき蛮行だ。今回の誘いにしても、二日前に行った際に食事の用意と一緒に書置きしてきたのだ。読んだであろうことは間違いないが、来るかどうかすら定かではない。やはり迎えに行くべきだったか。四月までは普通にちゃんとした子だったんだけどなぁ。



「ごめんね。ちょっと寝坊しちゃって。あと、昨日のご飯も美味しかったよ」


 午後五時前。眠り姫は一時間遅れで待ち合わせにした川沿いのベンチにやってきた。日陰があるところにしといてよかったけど、冬だったら凍死してたよ。あと、昨日じゃなくて一昨日(おととい)だよ。どうでもいいけど。


「ひさしぶりにおそと出たから、靴の履き方忘れちゃってたよ」


 そんなワケあるかい!


「はいはい。いいから動くよ。良い場所はもう絶望的だけど、中央通り出ればなんとかなるから。ていうか、まーや、えらい可愛いの着てきたね。そんなん着てたらナンパされちゃうよ」


 白地に紺の縁取りが入ったミニ丈の半袖ワンピースに、GW明けのカワトク行ったときにあたしがゴリ推しして買わせたおしゃれっぽい編み上げサンダルを合わせてきたまーやは、えへへ、と笑った。家ん中ではだぼだぼTシャツにひざ丈ジャージとか超テキトーだから目立たないけど、こういう格好をすると、やっぱりこの娘はかわいい。あたしじゃ絶対無理。まあ、着ませんけどね、こんなフェミニンなのは。

 頭はちっちゃくて目元が涼しい。長くなったボブから覗く首と肩も華奢っぽくて女の子らしい。胸こそ私が劣等感を抱くほどでは無いけれど、くびれがちゃんとあるからスタイルもいい。スカートから伸びる素足もまっすぐで健やか、足首もいい感じに締まってる。だから今日みたいな涼し気で可愛い服もよく似合う。女の私から見てもむらむらしてきちゃう。こんな極上をヤリスごときが好き放題していたのかと思うと、口惜しさのあまり震えがくる。マジでぶるぶると。まあ、顔には出しませんけど。

 高校生から進化してないあたしは、キャップにTシャツ、デニムにスニーカー。まぁ今日は動き回る日ですし。


「それにしても人が多いねぇ。こんなに沢山の人、はじめて見たかも」


 向こうに見える橋を渡る人波を眺めながら、まーやはのんびりと言う。暢気にしてるけど、これからあそこに突入することはわかってんのか、と思う。


「祭りのときはいっつもこんな感じだよ。さ、行こ」


          *


 中央通りの歩道は、メイン会場がまだ先だというのに人がいっぱいで普通に歩くことができなかった。一時間遅れはやっぱり痛い。が、いまさらそんなこと言っても仕方がない。まぁ今日のテーマはかぶりつきで祭見物することじゃなくて、まーやの連れ出しだから、すでに半分は達成してると言ってもいい。夏休み明けまでまだひと月あるけれど、少しずつでも慣らさないと大学にも出られなくなっちゃうから、今回みたいなチャンスは逃すわけにはいかない。

 モーゼのように人を掻き分けながら、あたしはときどき振り返って、まーやがついてこれているかを確かめる。案の定、結構遅れてる。あたしは路地に寄ってまーやを捉まえた。斜め掛けしてるウエストポーチから四つ折りに畳んだコピー用紙を取り出して、まーやに開いて見せた。今日のパレードのスケジュールだ。


「パレードは市役所前からスタートして、映画館通りのちょいこっちがゴール。で、六時から始まってだいたい八時に終わるんだけど、まーやはどうせ今日もスマホ持ってきてないでしょ」


 さすが、ゆかりんはわかってるねぇ、と気の抜けた返事。これだから。


「だからこのスケジュールが時計代わり。参加団体のスタート時間とゴール時間が書いてあるでしょ。これ見れば今の時間がだいたいわかるから。団体名は先頭のプラカード見ればいい。OK?」


 OK、と素直に頷くまーや。あたしはスケジュールの紙を畳みなおしてまーやに渡した。


「で、この混雑だから、もしも迷子になっちゃったらの待ち合わせ場所と時間を決めとく。といってもピンポイントの時間は無理なので、場所とだいたいの時間でね」


 まーやの目を見ながらあたしは話す。いつものようにしっかり聞いててくれてる。オトナとしては当然のことですけど。


「大通りのたわわ書店のコミックスコーナーに午後八時頃。もし見失ったら、あたしは七時半にはそこに行って、まーやが来るまでずっといるようにするから」


 てか、はぐれなきゃいいだけなんだけどね、とあたしは念を押す。小学生の引率かい!


「じゃ、あらためて進軍するよ。最初の目的地は北銀前ね」



 最初のポイントでラグビー日本代表が通り過ぎるまで見物したが、やはり大会本部横では見物客が多過ぎた。なにしろ前に四重くらい人の層があるのだ。身長百六十センチに満たない婦女子たちが充分な視界を確保するには、あまりにも環境が悪すぎる。これでは埒が開かないので移動することにした。しかしこの狭い街の中心部で小一時間一か所に留まってて、ひとりも知ってる顔に出会わないというのは本当に珍しい。それだけ外の人たちが大量に来てるということか。

 まーやは何度かナンパっぽいことをされていた(あたしには一度もない!)が、いまのところおとなしく横でパレードを観てる。ひさしぶりの外出ということもあって、少し高揚してる感じはあるけど、それはそれでいいんじゃないかな。


 県庁横の石割桜に向かって歩いていると、通りを挟んだ対岸の観客の中に一瞬、見知った顔が見えた。あれ、イツロー先輩じゃね?

 だがちょうど目の前に差し掛かった大太鼓軍団で、その人影はすぐに見えなくなった。目を凝らしたが向こうも移動中なのか、人ごみに紛れて見失ってしまった。ぼっち先輩が祭り観に来るか? 今日連れ出すなんて教えてないし。それともシンスケさんあたりに誘われたかな。

 いや、それは無い。シンスケさんは確か今日の昼の新幹線で函館に帰省するって言ってた。てことは別人かも。なんかこざっぱりした格好してた気もするし。


 ま、いいか。と思ってうしろを見たら、まーやが消えていた。

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