第44話 ぽん、なんてリアルでやる人、はじめて見たよ。
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おはよ。
今週はぜんぜん逢えてなくてさみしかったよ~( ノД`)シクシク…
でも今日は逢える(#^^#)
お互いコース教習もいよいよ大詰めだね。
イツローは今日はお休みだけど、私は二回乗ってきます。
うまくいけばチェックメイト!
がんばるゾー!
終わったらすぐ向かうから、バイク屋さんで逢おうね。
楽しみにしてるよ!!
じゃ、あとでね♡すみれ
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土曜日の午後、逸郎は市街地南の外れにある、県内最大の展示台数を誇るバイクショップ、カゲトラオートに来ていた。
先日のランチ以降、逸郎は集中講義とバイト、すみれは自分の講義とその準備ですれ違いが続き、同じ日の教習が取れていなかった。メッセージでのやり取りは朝昼晩途切れなかったが、リアルで逢うのは一週間ぶりになる。
教習を済ませてからその足で行く、とすみれが言うので、待ち合わせは十三時から十四時と余裕を持たせて直接お店でとなった。なので逸郎は自宅の高松から川久保のバイクショップまでを、仙北町を経由したバスで向かった。
店内に足を踏み入れた逸郎は、まず周囲を窺う。優にテニスコートくらいある店内には各種オートバイがひしめいていたが、すみれの姿は見当たらなかった。スマホを確認しても、連絡はとくに入ってない。
――約束の時間はまだ五十分以上残ってるし、べつに心配することも無い。
とりあえず「着いた」とだけ書いてメッセージを送った。
逸郎は、手前のエリアに並ぶビッグバイクの中にハーレーダビッドソンが展示されているのを見つけた。チョッパーハンドルやメーターカバー、巨大なクランクケース、マフラーなどの金属部分すべてがメッキで燦くハーレーは、実のところ逸郎の趣味から外れている。それでもこの圧倒的なアメリカ感を目の当たりにすると、魅力的だと思わざるを得ない。
――ちょっと乗ってみちゃおうかな。
思いのほか足つきのいいシートに跨って、手前に曲がり込んだハンドルのハンドグリップを掴み、通常のそれよりもはるか前に位置するフットステップに右足を掛けてみた。
――おお、教習所のスーパーホークとはポジションからして全然違う。つかこれ、ニーグリップはどうやってするんだ?
股の間にある小振りのティアドロップタンクに顔を映していると、逸郎は突然視界を失った。
「だーれだ」
僅かに背中に触れる重量感。もちろん、ほかの誰でもない。
振り返る逸郎の頬を両手で挟み、嬉しそうに笑いながらすみれは、ひさしぶりー、と声を上げた。教習帰りだから服装はラフ。えんじ色のスタンフォード大Tシャツと黒のスキニーに派手な色のシャツを腰に巻いて、足下はいつもの傷だらけのショートカットブーツ。
根元に白いシュシュを巻いたポニーテールを振り回すすみれは、鼻が触れ合わんばかりに顔を寄せてきた。
――ちょっ! 近い。近すぎるよ!
距離を取ろうとする逸郎の顔を掴まえたままですみれが言った。
「逢いたかったよー」
俺も、と答えながら頬に置かれた手に自分の手を重ねて、逸郎はやんわりと引き剥がした。
「誰かに見られたらどうすんの?」
「こんなとこ誰も来ないって」
――いやいやいや。昔に比べりゃ減ってるとは言えまだまだいるでしょ、バイク乗る大学生。
かぶりを振る逸郎に、すみれが再び顔を寄せてきた。
「それともイツローは、見られちゃマズイひとでもいるの?」
すみれの瞳に困惑する逸郎の顔が映り込んでいた。
「イツロー、ハーレー乗りたいの? カウル付きのとかピカピカの派手なのはあんまり好きじゃないって言ってなかったっけ?」
イツローの跨がる展示品ハーレーの回りをぐるりと巡りながら、すみれが尋ねてきた。一歩踏み出すごとに頭の尻尾がリズミカルに跳ねる。
「いや、好みじゃないってのはその通りなんだけどさ、こうドーンと見せられるとなんかちょっと跨ってみたくなっちゃって」
「長距離走りたいって言ってるから、そんなに悪くないんじゃない。ほら、写真撮ったげるからポーズ付けて」
ハーレーの前でスマホを構えるすみれに向かって、逸郎はライディングポーズを取った。
「ねえ、なんでそんなに顎しゃくるの」
「ピーター・フォンダの真似」
「あなた、いくつよ」
すみれは笑いながらシャッターを切る。
――ちゃんと通じてる。
新しいこの小さな発見に逸郎も嬉しくなった。
ハーレーを降りた逸郎は、中型バイクのコーナーに足を向けながらつぶやく。
「やっぱあれだよ。ハーレー乗るんならアメリカだな。行ったことないけど」
足元に置いていた赤いヘルメットを拾って、ぶつかるように腕を組んできたすみれ。おとがいを突き出して逸郎を見上げた。
「一緒に行こっか。私がぜーんぶアテンドしてあげるよ」
「そのうちね。そんときはよろしく」
まかせてと応えて、すみれは豊かな胸を張る。
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「これ! これよ、私のVストロームちゃん!」
すみれがカタログで一目惚れした黒赤のVストローム250は、実車が飾ってあった。かなり手前からそれを見つけたすみれはヘルメットと荷物を投げるように逸郎に預けると、飼い主を見つけたわんこもかくやの勢いで駆け寄っていった。
鼻面をすり寄せんばかりに取り付いたすみれは、ちょうどすぐ横にいたお店のメカニックになにか許可を求めている。どうやら快諾されたらしいすみれは即座にVストロームに跨って、逸郎に向けてピースサインしてきた。
ゆっくり近づく逸郎に、もっと早くと急かすすみれ。
ようやく手前まで来た逸郎は、荷物を置いてスマホを取り出し、角度を変えて何枚もシャッターを切った。
「彼女さんのバイク選びだが?」
作業ツナギを着たメカニックの人が地元訛り混じりで話しかけてきた。
「Vストロームはいいっけ。重さはそこそこだけんど、このクラスでは取り回しも楽だがら彼女さんにもぴったりだ。もしえがったら、試乗もでぎますよ」
気さくに提案してきたメカニックに、すみれは恥ずかしそうに答える。
「免許はまだなんです。あとちょっと」
そしたら彼氏さん代わりに、と水を向けられた逸郎も、同じ反応を返すしかない。
「月内には取れる予定なんです。ふたりとも」
ぽんっと大袈裟に平手をグーで打ったメカニックは、わがった、と大声で応えてきた。
「免許さ取ったらすぐにツーリングさ行ぎでんだね、おふたりで」
そうどわがれば任せでくなんしぇ、ちょっと待ってでと呪文のように言い残したメカニックは、作業途中の伝票を置きに戻っていった。あっけにとられた逸郎が呆れ顔で隣を見ると、バイクに跨ったままのすみれも同じ顔をしていた。ふたりは顔を見合わせて噴き出した。
「ぽん、なんてリアルでやる人、はじめて見たよ」
「ほんと。メカニックさせとくのは惜しい人材だね」
ふたりの笑いが収まったところに分厚いリストを手にしたメカニックが戻ってきた。油汚れがそこここについた作業ツナギの胸に『菊池』と刺しゅうが施してある。
逸郎の希望をリストで調べた菊池氏は、さほど間を置くことなくふたりを裏の倉庫に案内した。
びっしりと並べられた百台を軽く超えるバイク群。菊池氏はその中から、ほとんどピンポイントでサベージ400を見つけ出した。タンクの色も逸郎希望のワインレッド。
「走行一万二千キロちょい越えでっけど年配のワンオーナーに大事さ乗られでらったがら状態はいいです。預がってがらしばらぐ経ってらんで整備にはちょい時間さいだだぐごどになりますが」
「整備、どのくらいかかります?」
逸郎は前のめりになっている。
「バラシ整備がら車検までで、今の混み具合だど一週間ちょい、まぁ安全どって十日ぐりゃーだがね」
「私のVストロームは?」
「彼女さんのは早えよ。新車だし在庫もあるし。250だがら車検もねぇしな。したっけ今日明日は陸運休みだがら、早ぐて月曜の夜」
それじゃまだ免許取れてませんって。そうツッコミそうになる逸郎の服の脇をすみれが引っ張ってきた。菊地氏に背を向け屈んだ逸郎の耳にすみれがそっと囁く。
「十日くらい、私待つよ。どうせ来週いっぱいは講義だし、免許取るのその次の週明けてからだもんね。同じ日に納車してもらって、一緒に乗って帰ろ」




