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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第8章 横尾すみれ2
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第41話 おまえら、中学生かよ!?

 高松の池の畔にある逸郎の部屋は、学生の独り住いには珍しい一軒家である。といっても半世紀ほど前に新婚用に改築された離れで、土台の建物の築年を加えると優に八十年を超えているのではないかという代物。前の住人を最後に取り壊すという話だったのを、なんとかあとひとり、あと三年、と捻じ込んで借りることができたのだ。申し訳程度の玄関を上がって磨りガラス張りの引き戸を開けると板間の細長い台所、奥には二畳あるかないかの狭い風呂。台所の背面にも引き戸、その向こうは、ふすまで仕切られた六畳と四畳半の和室ふたつ。収納は少ないが、学生ひとり住むには広過ぎる部屋で、越してきて三ヶ月半の逸郎はもっぱら六畳ひと間で暮らしている。これで敷金無しの三万という家賃は、逸郎の地元では考えられない。その分あちこちのガタはかなりのものだが。



 日付が変わる頃、逸郎が家に帰り着くと、すでに灯りがついていた。さほど驚く様子もなく玄関から上がると、開けっ放しの引き戸の向こうにシンスケが大の字で寝ていた。こたつ兼用テーブルを回り込んでシンスケの手元に転がっているリモコンを拾い、青い画面のままのTVを消す。テーブルの上には発泡酒のロング缶と空になったたらチーズの袋、それに逸郎所蔵DVDのパッケージ。どうやら『グランブルー』を観ながら寝落ちしたらしい。


――ディレクターズカット版は終盤がちょっと冗長になってるからなぁ。


 そう思いながら逸郎は、シンスケを揺り起こした。


「おお、おかえり。今日バイトだってすっかり忘れてたよ。まぁ勝手にやらせてもらってた。冷蔵庫にビールと松前漬けが入ってるぞ。あとこれもな」


 そう言って、シンスケは枕代わりになっていた堀の井の一升瓶をテーブルの上にどんと置いた。


「明日土曜日だっつっても教習はあるんだよ、俺。二日酔いでバイク乗るわけにはいかん」


 そう言いながらも、シンスケ持参の発泡酒、松前漬けと湯呑ふたつをテーブルに並べる逸郎。湯呑をひとつ取り上げたシンスケは、さっそく一升瓶を注いでいる。


「明日の技能教習って何時からよ?」


「三時」


「じゃ、大丈夫じゃん。午前中いっぱいあるぜ」


 観念した逸郎も発泡酒の缶を開けた。真似事のような捧げ杯をして飲みはじめるふたり。今夜はきっちり聞かしてもらうからな、とシンスケは凄んでみせた。



「で、どうなってるのよ?」


「ジャックとジョアンナのことか?」


「そうそう。あの朴念仁潜水オタクは子どもができちゃったジョアンナちゃんを置いて海の底に潜るとか、いったい何がしたいわけ? じゃなくて、すみれちゃん先生のことだよ!」


 シンスケは、湯呑に半分残っていた酒をあおって尋問をはじめた。


「学食でのあの招集はあきらかに不自然だ。ゼミ生でもない、講義すら採ってないおまえさんをあのすみれちゃんが呼びつけるんだぜ。どう考えてもフツーじゃない。そんで三日経った今日は、三人でじゃじゃ食ったあと別行動ときたもんだ。あんときは教習とか言ってたけど、あれ絶対ウソだろ。俺らに隠してすみれちゃんと会ってたに違いないと踏んでるんだが、違うか?」


 こいつの妄想力はハンパじゃねぇ、と逸郎は脱帽した。が、ある意味、シンスケラインまでは許容範囲。というか、この先の展開によってはいずれ開示することになると予感はしていた。問題は、今この時点での拡散度合いだ。情報はコントロールしてなんぼ。


「シンスケおまえさ、その妄想、誰かに披露した? ゆかりんとか」


 先輩たちとか、と、どうでもいいものを混ぜ込んで確認した。


「そんないい加減なことひとに言えるか。まだウラひとつ取ってないのに。だから今日来たの。ここに。堀の井純米大吟醸まで持って」



 絶対にここだけの話にしといて貰わないと困るんだけど、と前置きをして、逸郎は語り始めた。

 教習所で偶然出会ったこと。そのあと口止め代わりの食事に連れてかれたこと。一本橋に失敗して落ち込んでたすみれを元気づけるために、バイト先まで誘ったこと。教習所でほぼ毎日会って仲良くなったこと。学食での呼び出しの日は研究室で一緒にバイク選びしたこと。そのあと夜のデートをしたこと。

 さすがにビキニ水着のくだりだけは端折った。


「マジか! お前、あんな美人相手に上手いことやりやがるよな」


 これだからシチーボーイは隅に置けねぇ、そんなことをぶつくさ言いながらシンスケは松前漬けを口に運び、もごもごしながら先を促してくる。


「で、その三日前の夜のデートってのは、どうなったのよ。ぶっちゃけ、どこまでいった?」


          *


 あの夜、河原から引き返したすみれと逸郎は、駅前に戻り、通り沿いの落ち着いた喫茶店に居場所を定めた。

 オレンジ色の柔らかい灯りの下で、空白だらけの履歴書を埋めるようにお互いのことを伝え合う。横須賀と横浜という比較的近いエリアで生まれ育ったこともあり、ふたりの共通項は探せばいくつも出てきた。そんな些細なことを発見し笑いあうごとに、ふたりの距離がどんどん近づいてくることを逸郎は感じた。

 十一時の閉店を告げる店の人の声で我に返ったふたりは、喫茶店を出てゆっくりと夜の街を歩いた。どちらからともなく手を繋いで。

 材木町のアパートの前まですみれを送り、名残惜し気に振られる手が玄関に消えるまで見送った逸郎は、自然に漏れ出す笑みを抑えきれないまま家路についたのだった。


          *


 逸郎の独白を黙って聴き終えたシンスケは、頭を抱えて叫んだ。


「おまえら、中学生かよ!?」

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