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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第1章 中嶋弥生
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第3話 新手の美人局みたいなもんか?

 天津原涼子ファインモーション。


 見目麗しく、学業にも秀で、スポーツも無難にこなす。おまけにその毛色も超が付くという最注目銘柄。

 杜陸(もりおか)というこの街の経済界における主要企業のひとつで、血族企業としても有名な天津原興産会長の本家直系という強力なバックボーンに加え、英国貴族の血脈、類稀れなる容姿、明晰な頭脳等々、言ってみれば数え役満のごとき彼女が、地元とは言え、なぜに駅弁大学レベルで収まっているのかは、逸郎たち二年生の間でも最大の謎と言われている。

 その才女が、さらにまた、ゆるゆるのサークル『戯れ会』に所属しているのも、常人の想像ではおよばない椿事とされている。

 だが実のところ、そちらの方は比較的容易に説明できる。というのも、一般には知られていないことなのだが、数多ある彼女の個人スキルのうち最大最強のものは対戦型MMOにあったりする。世界で十億ユーザーとも言われるビッグタイトルのトップ百にも数えられる能力アビリティ。平たく言えば、 一千万人にひとりの実力者ということだ。

 実際、素性を隠した彼女のアカウントには国内外のプロゲーマー組織十数チームからの好条件付きオファーが届いているらしい。ただ、本人は徒党を組むこともプロ転身にもとんと興味がなく、ただ己の(ゲーム)能力を磨くことにのみ専心するという考えらしい。

 彼女曰く、ゲーム世界でのチームはジャズセッションと同じで、そのとき最高のグルーヴを得られたからってそれが継続する理由になんかならない、また次のグルーヴを求めて新たなパートナーを探していくのがあたりまえなの、だそうな。

 求心性も実力も極端に低い『戯れ会』という弱小サークルはパートナー探しの対象とはならないが、彼女が気持ちよくゲーム三昧の日々を送るための格好の隠れ蓑にはなる、というわけだ。


「まぁ別にどっかに所属する必要も無いんだけどね」


 そううそぶく彼女ではあったが、抜群の容姿よりもゲームに対する本気の姿の方に高い価値を置く変わり者たちのコミュニティは、案外居心地がいいのかもしれない。入学以来三十回以上の告白を即断即決で袖にしてきた彼女が気兼ねなく過ごせるのは、こういう場なのだろう。だからこそ、自分の容姿目当てで入会したがる連中をわざわざ集めるなんて、彼女にとってはもってのほかなのだ。


 とは言え、と逸郎は思う。


――四年生以上八名、三年四名、二年生三名という先細りの現況は、やはりなんとかしたい。せめて今年度の新人も数名くらいは召喚したいところだ。ナイル先輩の台詞じゃないけれど、このままでは今年の秋には女子会員はファインひとりになってしまう。それどころか、現状のままならメンバー自体も七名となって、サークルの存続要件すら危うい。


          *


――さて、午後イチのサークルオリの壇上では、俺はシンスケとふたりで何喋ればいいのかね。


 そんなことを考えながら、逸郎はキャンパスを歩いていた。朝の雪はとうに止んでいて、気の早い連中は半被(はっぴ)姿で沿道に並び、道行く新入生を捕まえて口説き始めている。

 あのガッツは見習うべきかも。そう独り言する逸郎の視線の先で、目に余るしつこさで女子学生を囲んでいる輩集団が目に入った。本来の意味でのフェミニストである逸郎は大いに憤慨したものの、かと言って割って入っていく口実もない。なんとかしてやりたいがどうしようもない。そう諦めかけたとき、輪の真ん中で俯いている女子(じょし)に見覚えがあることに気がついた。


「まーや!」


 逸郎はその場の全員に聞こえる大きな声で呼び掛けた。


「なにそんなとこで捕まってるんだよ。ほら、こっちおいで。みんな待ってるよ」


 呆気に取られる男たちの間に割って入った逸郎は、捕縛されていた女の子の袖を取って輪の外に連れ出した。ついてきて、と少女にだけ聞こえるように呟くと、そのまま後ろも見ずに、道を逆戻りするように進む。ワンテンポ置いて背後から掛けられた力無い罵声をガン無視して、コートの袖を引いたまま手近な校舎の陰に入った。

 連中の視界から外れたところで立ち止まると、逸郎はすぐに掴んでいた袖を離して頭を下げた。


「勝手やって申し訳ない。なんか困ってるように見えちゃって……。マジ、御免」


 不安でいっぱいの表情だったその女の子は、顔を上げた逸郎を見て眉根を和らげた。


「朝の方、ですよね」


 そう言って頭を下げた女の子は、女子大生というよりも少女と呼ぶ方が似合っていた。


「ありがとうございます。私、本当に困ってたんです。助け出してくれたんですよね」


 礼を言う少女は下げた頭を戻した。白いダッフルコートの立てた襟から覗かせる白くて小ぶりな顔は、逸郎の脳裏に真っ白い雪の既視感デジャヴを蘇らせた。


――この()、どこかで見たことがあるような……。


 記憶の霧に目を凝らしていた逸郎の背後から、よく通る声が飛んできた。


「まーや! どこ行ってたの?! ひとりで動き回らないでって言ったでしょ。ていうか、ちょっとそこのひと、離れなさい! なにいきなりナンパとかしてんですか。そういうのは全部あたしを通してからにしてください。その子、すっごく繊細なんですから。勝手に変な虫とか寄ってこられるとホント困るんですけどォ」


 酷く失礼かつ高圧的な物言いの小柄な女子は、ふたりの間にするりと走り込むと、少女を背中に守るように逸郎と対峙して、下から睨みつけてきた。


「違うのよゆかりん、このひと、私を助けてくれたの。へんなサークルの人たちに取り囲まれて逃げられなくなってたときに救い出してくれたんだから」


 少女の弁護に力を得た逸郎も、引きつった笑いで何度も頷いた。が、番犬モードの女子の睨みは収まらない。


「ホントですかぁ。どうせ下心あってのことなんじゃないですか?」


 ゆかりんと呼ばれた女子は、そこまで言ってからようやく矛を収めた。


「ま、いいでしょ。助けてくれたのは、たぶん本当なんでしょうから。その件に関しては私からも礼を言っておきますよ。じゃ、行くよ、まーや。早いとこ食堂行かないとごはん食べる時間が無くなっちゃう」


 感謝の気持ちの欠片もないお礼でその場を収めたゆかりんに手を引かれ、まるで自由気ままな飼い犬のリードに引きずられるように少女は去っていった。それでも一度だけ振り返り、逸郎に向かってはっきりと会釈して。


「なんなんだありゃ。新手の美人局(つつもたせ)みたいなもんか?」


 記憶の霧はすっかり吹き飛ばされた。台風一過の気分になっている逸郎の尻のポケットが振動を伝えた。着信はLINEトーク、その内容はシンスケからの説明会の打ち合わせのリマインドだった。

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