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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第6章 あの夜と、そのあとのこと
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第30話 備え付けだったものを早々に使い切り、そのあとは。

 ベッドの上で、バスルームで、私、中嶋弥生の躰は明け方近くまで休みなく槍須哲也というオスに喰い尽くされました。それまでの十八年間で一度たりとも経験したことのなかった逃げ場も隙間も無いオスとメスのコミュニケーションを、まったく用意もないままフルコースで。


 あまりの状況展開についていけなくなった私本来の自意識は早々に身体の指揮権を躰の私に委ね、めくるめく感覚だけを心の深いところで無感動に受け流しました。一方で、自分でも気づかないくらい慎重に隠されていた興味の枷を解き放たれた躰の方の私は、豊富な経験に裏打ちされた槍須さんの巧手(テクニック)によって新しい門を次々と開かれていきます。すべての鍵を槍須さんに預け、彼が扉を開けるごとに訪れる歓喜の波に魅了されていたのです。


 最初の破瓜の痛みを越えたあとからさざ波のようにやってきた感覚が、ほどなく強烈な発火信号となって感覚機能を支配します。その波は大きく小さく形を変えながらも永遠に続くかのような長いひと続きで、躰の私を翻弄し打ち震わせました。

 躰の私は、次々にアプローチの変わる行為と感覚の因果関係を吸収し、その再現性を憶え込むのに夢中になったのです。


 備え付けだったものを早々に使い切っても手を緩めることはなく、槍須さんはそのあともずっと、なにも装着しないまま最後(フィニッシュ)までの行為を続けていました。しかも狡猾なことに、自分が行きつく直前になって私に決断を迫るのです。中にくださいとせがめ、と。

 重ねるごとに高まってくる限界を知らない頭の痺れに翻弄され続け、ほとばしる快感だけを追い求める躰の私にとって、彼の指示に抗うという選択肢などあろうはずもありません。言われるがままの自動機械のように受諾し、求めていました。まるで、その夜行われたすべての行為を私自身が望んでいたかのように。いや、実際に望んで開いていたのです。少なくとも躰の私は。


 槍須さんの行為は獣のように無我夢中というわけではなく、それどころか、ある意味冷静そのものだったとさえ感じます。脇に置いたスマートフォンのカメラを意識しながら体勢を変え、ときには片手に持ちながらの営みは、真っ(さら)な沃野に臨む老練な開拓者のように強弱の抑揚がついた丁寧なものでした。

 愛し合うもの同士のがつがつとしたそれと違って、見落としの無い手順と制御された抑揚に裏打ちされた一連の行為は、初めて体験する者にとってある意味最良だったとさえ云えたのかもしれません。未成熟ゆえの性急さが無かったことで、躰の私の興味を途切れることなく満足させ続けたのでしょう。体勢、強弱、場所などの様々なバリエーションを駆使して飽きさせなかったことも。

 耳元で私を褒めちぎる槍須さんの囁きは躰の私を歓喜させました。激しい律動や肥大するボリューム、内側で弾ける感覚に悦び震える。そうやって躰の私は槍須哲也というオスに、まったくのゼロからひと晩かけて肉の悦びを教え込まれたのです。


          *


 結局私たちは、翌朝のチェックアウト寸前まで貪り合っていました。


 部屋を出てエレベーターで下る頃には、私も身体に帰ってきていました。槍須さんに抱かれている間中は躰の私に全権を移譲していた私ですが、何も見たり感じたりしていなかったわけではありません。「呪い」の呪縛に囚われ頑なに閉じ籠ろうとする私と、蓋をして仕舞い込んでいた好奇心を今こそ表に出そうと躍起になる躰の私との相剋。私という存在で二律背反するふたつによる争いは、どうあっても逃れられない状況にまで持ち込んだところで、躰の私の勝ちでした。呪いに縛られた私は、躰の私が受けとめる肉の裂ける最初の痛みと、受け入れ馴染むことによってさざなみから大波に変わっていく悦楽とを、ただただ黙って共有するだけ。


 躰の私の性愛(セックス)に対する探求欲求は私の想像を遥かに上回っていました。私は、私の中にこんな偏執性があったなんてまったく気づいていなかった。私に課された呪いの重みが、こんなにも爆裂的に膨れ上がる貪欲なけものを育て上げていたなんて。

 痛みを伴う最初の繋がりはおずおずとされるがままに。でも二回目からは、どうしたら自分が気持ちよくなれるのか、自分のスイッチはどこにあるのかを探すことへの意識をしはじめ、体勢を調整して相手の動きとシンクロするよう自分から動くことさえ発見していた。

 躰の私ははっきりと悦んでいました。そして、彼の唇や指やそれと躰の私とが共同で探し出していく数々の快感スイッチの点火は、頑なに目を瞑ろうとする私をも魅了したのです。


 何度目かの彼の噴出を身の裡に受け止めたときに私は悟ったのです。背を反らせ悦楽に打ち震えている汗みどろのこの躰も、紛うこと無く私なのだ、と。そして、私はこの恥ずかしい躰の私を愛してもいいのだ、とも。



 ホテルを出るときも、槍須さんは私の身体を大層褒めてくれました。言葉でのコミュニケーションは未だに私の担当ですから、はっきりしない物言いがそう簡単に変わることはありませんし、騙し討ちのように連れてこられたことについての恨みの感情も残っています。けれど、呪いの存在を私に教え、それを完膚無きまでに取り除いてくれたことへの感謝もまた事実。表現力の乏しい私はか細い声でこう答えるだけでした。


「恐縮です」

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