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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第1章 中嶋弥生
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第2話 大学にはいろんな奴がいるから気をつけて。

 南関東育ちの逸郎(イツロー)は雪は嫌いではない。むしろ、好きと言ってもいい。昨冬を初めて東北の地で過ごし、生まれてこのかた出会った全量の百倍を超えるであろう積雪を経験しても、その感覚は変わらなかった。

 ちらつく雪、しんしんと降る雪、吹雪く雪、そして色彩全てをなかったことにしてしまう無垢の白。そのどれもが逸郎の琴線を魅了する。雪は白。汚れなき白の象徴。そうでなきゃいけない。

 一年前、さまざまな期待を胸にはじめてこの街に降り立ったときは、だからこそ、灰色の残雪の世界に大いに幻滅したものだった。

 ひと冬体験した今も、路肩に積み上がって歩道を圧迫する灰色の残雪は好きではない。雪の名を汚す余計者だと思っている。


――この雪がもうちょっと降って、全部真っ白に覆ってくれればいいな。


 そう思いながら逸郎は、無数の足跡が、酔っぱらいの書いた点線のようにうねっている灰色の通学路を踏みしめていた。



 駅弁大学の文系キャンパスと理系キャンパスを分つ県道は駅方面に抜ける主要道路でもあるため、歩道部分の除雪もおおむね済んでいる。おかげで道幅も多少は広がっていた。それを狙って加速してきた太タイヤの自転車が、逸郎のすぐ横を通り過ぎた。


――あっぶねーな。てか、この道でよくチャリ乗るね。すげぇよな、原住民は。


 感嘆する逸郎は、走り去る自転車を見送った。ほどなく乗り手の背中がふらっと揺れたかと思うと、車体が左に傾いた。文系学部の入り口がそこで開放されている。


――うちの学生か。


 自転車はスライドしながらみぞれ混じりの雪を撒きあげると、間一髪で立ち直り、通用門の内側に消えた。


――かっけー。


 見惚れていた視線は、しかし、その先で尻餅している人影を捉えた。慌てて逸郎は駆け寄っていった。自分も転ばないように気をつけながら。


 白いダッフルコートのフードを目深に被った女の子がミトンの手袋の片手を付いて立ち上がろうとしていた。

 大丈夫? と聞く逸郎の声に顔を上げ、フードが大きく頷いた。が、勢いがつきすぎたのか、支えにしていた手を滑らせてバランスを崩してしまう。咄嗟に少女の背中に手をあてた逸郎は、彼女がそれ以上転ぶことがないよう押さえた。


 立ち上がった少女は、逸郎にしきりに謝って来た。


「いや、きみの謝ることじゃないだろ」


 逸郎は、背後に投げ出されてるパステルブルーのショルダーバックを拾って振り返った。少女の真っ白いコートの腰の辺り、灰色に汚れたみぞれ混じりの雪が広範囲に付いている。ミトンの両手をぽんぽんと叩いた少女は、その手でお尻の雪を払おうとしていた。


「ストップ!」


 びくっとした少女は動きを止め、逸郎を見た。フードに隠れて表情は見えない。逸郎は言葉を続ける。


「湿ってるから、こすったらせっかくの白いコートにしみができちまう。そのままちょっと待って」


 逸郎は防寒用途で首に巻いていたタオルを外すと、それをハタキにして、少女のコートを数回叩いて雪を落とした。緊張からなのか、身動ぎもせず固まってくれているので逸郎もはたきやすかった。タオルの汚れなど端から気にしていない。

 はいOK、と言って自分のリュックにタオルを押し込む逸郎に、少女は九十度のお辞儀をしてきた。


「あ、ありがとうございます」


 あまりの丁寧さに逸郎は驚く。


「新入生?」


 フードでくぐもった声がはいと答えた。


「大丈夫。きみはぜんぜん悪くない。でも大学にはいろんな奴がいるから気をつけて」


 まーやー、と呼ぶキャンパス側からの声に少女が反応した。フードが揺れて一瞬だけ覗いた、ほんのりと朱に染まった桜色の頬。だが首を回す少女の動きで、すぐに視界から外れた。

 長居は無用と判断した逸郎は、じゃ、と片手を上げて踵を返す。学部棟に向かう逸郎と入れ替わりで、茶色のかたまりのような小柄な女の子が少女に駆け寄っていった。すれ違った一瞬、逸郎は茶色の毛玉に睨まれたような気がした。


――まあ、気のせいだろうけど。


          *


――本日の最重要ミッションは履修届の提出。そのあとにサークルオリエンテーションの店番もあるが、そっちはまあ、正直どうでもいい。


 中央食堂で朝食代わりの安売りパンを齧りながら、逸郎は今日の予定を整理していた。

 逸郎が所属するサークル『(たわむ)れ会』は、いわゆるゲーム愛好会である。カードゲーム、ボードゲーム、PCゲーム、スマホゲーム、その他なんでもいい。なんならゲームでなくとも構わない。とにかく週一回サークル棟の部室に集まって、各々好きなことをやり、それが終わると三々五々に分かれて飲みに行く。あとはたまに会報をつくる。それだけのゆるい、いやゆる過ぎるサークルだ。目立つ活動と言えば、年一回、GW(ゴールデンウィーク)の頃に行う合宿と秋の学祭での展示くらい。

 まるで老人会のような緩さなので、面倒見のいい先輩組織などがあるはずもなく、昨年も会を上げての新人勧誘などまったくもってしていなかった。実際、逸郎も、寮で同期のシンスケに連れられて彼と同室の先輩と遊んでいるうちに、自然に頭数に加えられるようになったのだ。同期にしても、逸郎とシンスケの他にはひとりしかいない。よく存続できているとさえ言える。

 だが今年はひと味違う。新四年生で部長補佐も務める宮ノ森ナイルの強力なる要請があって、去年まではスルーしていた公式サークルオリエンテーションへの参加と相成ったのだ。


「自分が卒業したら女の子がひとりになっちゃうじゃない。そんなの可哀想(かぁいそ)過ぎ」


 というのがその理由らしい。

 といって、就職活動やらバイトやらその他諸々で忙しいナイルたち四年生が率先して動くはずもなく、ぶち上げるだけぶち上げといてご本人は会長ともども全日程パスというテキトーぶり。社会的活動に興味のない新三年生の四人衆は初手から当てにならず、元気なシンスケと比較的陰キャ度合いの低い逸郎に白羽の矢が当たったわけだ。

 語られていない残りひとりの二年生、天津原涼子ファインモーションは当事者であるにもかかわらず、頑張ってね~という興味なさげな応援の言葉を最後に、連絡不通となった。


「涼子が顔出しすれば、男子でも女子でも溢れるほどの入会希望者が来るんだろうになぁ」


 ま、それはそれでめんどくさいけどね、と呟いて、逸郎は独り言を締めくくった。

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