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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第5章 原町田由香里
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第24話 こちらエレベーター前です。先輩、聞こえてますか?

 夜九時前。

 舘坂橋(たてさかばし)(たもと)に建つ女性専用賃貸マンション「アマゾネス舘坂」の正門前に逸郎と由香里は佇んでいた。逸郎の手には膨れ上がったコンビニ袋。中にはオレンジジュースとストレートティーの二リットルボトル、ポテチにチョコ菓子にビーフジャーキー、そして紛れ込ませるように入れたレモンハイのロング缶二本。重いぞ、と言いながら逸郎は由香里にコンビニ袋を手渡した。


「うはー。これはマジで重いですね。こんなのをか細い乙女の腕に託そうというのですか。鬼ですね先輩は。台車とかは用意して無いんですか」


「しょうがないだろ、ここは女子しか入れないんだから」


 台車のくだりは無視して応える逸郎。この数時間で由香里との間合いにもだいぶ慣れてきたようだ。


          *


 逸郎がバイト先に今夜の休みを、由香里は自宅に友だちの部屋で夜通しの女子会をする旨をそれぞれ連絡し、駅ビルのカフェで作戦会議を開いたのは二時間前のことだった。


「ここ。あたしとまーやが初めて会った日に来たとこです。今年の二月末の、入試の前の日」


 由香里は感慨深げな表情で店内を見回した。


「あの子、こんな風にお店を眺めてから方言丸出しで言ったんです。杜陸(もりおか)って都会だぁって。笑っちゃいますよね、こんな辺境の地方都市を掴まえて。でもそんな純な子だったんですよ。ほんの四カ月前は」


 知ってる、と逸郎も頷いた。


 計画の概要はこんな感じだった。

 襲撃は由香里ひとりで行い、逸郎はあくまでもバックアップ。弥生のマンションの門限が二十一時だから、ミッション開始はそのちょっと前。いちおう部屋の明かりは外から事前にチェックする。が、消えていても作戦はそのまま決行する。その際、部屋に弥生がいないと館内に取り残されてしまう恐れがあるので、不在でも二十一時までには玄関に戻ってこられる余裕を持っておく。


 ずずずっと音を立てて縦長のグラスの底に残った琥珀色を吸い上げる由香里は、その動作ひとつで作戦モードに切り替わる。


「てことはですよ。もしもまーやが部屋に居てくれなかったら、今夜あたしは先輩の高松御殿でお泊りってことですか? ゆかりん、あわや貞操の危機、ですか!?」


「んなこたぁしないよ。なんなら俺が誰か友だちの家に身を寄せてもいいし」


「聞き捨てならないですね。先輩いつもぼっちじゃないですか。友だちいるんですか? いませんよね。シンスケさん以外のどなたかと仲良くご一緒のところ、見たことありませんし。しかも肝心の頼みの綱は寮住まい」


「うっさいな。俺にだっていきなりでも泊めてくれる友だちのひとりやふたりぐらいはいるよ。……たぶん」


「あやしいですねぇ。まあいいでしょう。先輩の部屋には興味深そうな本棚があるようですし。それに、鋼鉄の処女ゆかりんからすればヘタレ先輩なんぞ物の数ではありませんからね」


――自分で処女とか言ってるし。


「そんなことよりなんか面白い話をしてくださいよ。計画遂行までまだあと二時間近くあるんですから。あとアイスティーのおかわりとジャーマンドッグも」


――エージェントに機嫌を損ねられては台無しだ。


 気づかれないように下を向いて溜め息を吐きつつ、逸郎は注文の品を購入せんと席を立った。



 由香里には年の離れた兄がいるらしい。彼女の偏った知識の源泉は、主にその兄の影響によるもののようだ。とにかく由香里の兄貴ネタは止まることが無く、しかも容赦ない。逸郎はほんの小一時間でまだ見ぬ由香里の兄、原町田吾朗の乗っているバイク、本の趣味、好きなゲーム、好きな音楽、行きつけの店、さらには好みの女性のタイプまで知ることとなった。

 反面、由香里は自分語りをしない。家族のことはあれだけ事細かに喋るのに、自分のこととなると、不自然にならないよう気をつけながら注意深く避けている。その代わり、自分を形作る周囲の外枠について大いに語り、それをもって自らの輪郭を視覚的イメージで提供するのである。もしも興味を持つものが彼女を深く知ろうと試みるなら、能動的に踏み込む必要がある。そして奇特にもその扉をノックする者が現れたら、求められた分だけを内側に向けて段階的に開けてあげられるよう準備している。そんなスタイルなのだ。

 これほどまでに慎重に相手の自主性を重んじるコミュニケーションをいったいどうやって身につけたのか。由香里の女子高時代にいったい何があったのか。そんなことを知りたい、と逸郎は少しだけ思った。


「ま、今じゃないけどね」


「なにが今じゃないんですか? わたしなんかそう返されるような話してましたか」


「あ、いや、ちょっと別のこと考えてた。すまんすまん」


 水を差された由香里は大いに憤慨していた。


「ホントに失礼ですね、イツロー先輩は。上の空オトコは信用が置けないから一様にモテませんよ。そんなんじゃ大事なまーやは預けられませんね。ぷんすか」


――擬音まで口にする奴ははじめてみた。



「このズームってアプリは、まだ日本語版は無いんだけど、向こうではけっこう話題になってるらしくって。まぁ言ってみればTV会議だ」


 逸郎は由香里に持たせるスパイツールの使用説明をしていた。

 弥生の様子をあとで由香里に聞くという手はもちろんあるが、できればノイズの入らない一次情報での弥生の言葉を聞いておきたい。さらに場合によっては、リアルタイムでの参戦も辞さない。その逸郎の意見を由香里は否定しなかった。これは非常事態ですからね、という注釈をつけてはきたものの。

 ズームを立ち上げた由香里のスマートフォンをバレないようにテーブルに置いて女子会を開き、その実況を逸郎が遠方から聴く。


「画像は送りませんからね。あくまでも音声だけです。神聖なる乙女の部屋の出歯亀に加担することは、断じてできませんから」


 これはもう絶対です、と念押しまでしてきた。


          *


アマゾネス館(アタック・オブ)向強襲作戦(・アマゾネス)、開始します」


 荷物を逸郎に預けて大仰な深呼吸を二度三度繰り返した由香里は、再び荷物を受け取って建物に入っていった。時刻は午後八時五十五分。


「今エレベーター前です。イツロー先輩、聞こえてますか?」


「バッチリだ。感度良好。そのままやってくれ。この会話の後はこっちのマイクを切るけど、九時十五分まではこの辺に待機してるから、もしも部屋に入れなかったらそう言ってくれ」


「了解です。では、いってきます(ジュ・ヴェ)


 逸郎もボン・ボヤージュと返し、アプリのマイクボタンをオフにした。

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