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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第5章 原町田由香里
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第23話 デビルマンはマンガ版を最後まで読み込んでます。

 小一時間待ったが他に誰もやってくる様子がなかったので、逸郎たちは部室の鍵を閉めて帰ることにした。言いたいことを言い尽くしたのか、由香里はさっきから黙り込んでいる。

 部室棟を後にし、先日ファインと歩いた実験植林の遊歩道を由香里と並んで歩く。逸郎のバイト先と由香梨の実家は、しばらくの間は同じ方角だ。夕方の空は重く、夜には雨になりそうだった。



「あのさ原町田」


 逸郎は由香里を見ずに真っ直ぐ前を向いたまま口を開いた。


「お前さんの『友だち』の認識、俺はかなり共感したよ。今までそんなふうに論理立てて考えたことはなかった、と改めて感じさせてもらった。正直、俺のレイヤーのかなり深いところを模様替えした気分だよ」


 由香里は何も応えず、黙って半歩後ろをついてきている。


――俺が打つサーブの軌道を予測し、陣形を整えてるってところかな。


 ひと呼吸置いて、逸郎は話を続けた。


「その上で、なんだけど、やっぱりおまえはいま弥生の側に押しかけていい存在だと思うんだ。いや、むしろ押しかけるべきなんじゃないか、って」


 由香里の息を吸い込む気配を逸郎は感じた。


――まだだ。まだお前のターンじゃない。もうちょっとだけ俺に喋らせろ。


 逸郎はそう念じた。由香里は黙ったままだった。


「弥生がどう考えを変えたのか、もしくは変えなかったのか、今のところ俺たちにはわからない。もしかしたらルシフェル(イコール)飛鳥了が悪魔界に堕ちたみたいな大転向があったのかもしれない。あ、いや別に弥生が悪くなったとか言うんじゃ無くて、シフトチェンジという意味で……」


「わかります。デビルマンはマンガ版を最後まで読み込んでますので」


――素で永井版デビルマンが通じるとは思わなかった。ラストシーンの光の来訪についてひと晩がっつり意見を交わしたい。が、しかし、哀しいかな今はこいつの昭和脳と熱いバトルを繰り広げていてもいいタイミングではないのだ。その機会は、いずれまた。


 逸郎は脱線仕掛ける自分を(いさ)めた。


「先月からの、曲がりなりにも安定した繰返しの状態。あ、これはぜんぜん良い意味じゃなくて最悪の状態だったけどな。とにかくその状態が先週の外部要因で解体したから、いまは不安定になってるはず。それはもう間違いない。弥生だって、事情はどうあれ自分がしてきたことの実際的側面は理解してるだろうし、そこから派生する影響で既存の交友にすんなり戻ることは許されないと思ってるかもしれない。というか、以前までの彼女の性格ならきっとそう思ってる。いまの弥生は、舫綱(もやいづな)を繋ぐビットを見失った停泊船なんだ。このまま放っておいたら、ふらふらと宛ても無い外洋に流されちまう」


 そこでおまえさんの出番なんだよ、と逸郎は一気に言葉を継いだ。


「この前の教室での再会、俺は離れたとこで見てた。声はおまえのしか聞こえなかったけど、眼鏡をかけて変装までしていた弥生は少し笑顔を浮かべてた。不在を埋めるでも問い質すでも無く、助走ゼロのシームレスでくだらない日常トークを展開するというおまえさんの話題選択は完璧だったんだよ。少なくとも桟橋からの呼び掛けは、弥生に届いたんだ」


 蓮のつぼみが膨らんできた幼児用プールほどの実験池と濃い緑のでかい葉が透けて見える温室とに挟まれた遊歩道で、逸郎たちは歩みを止めて向かい合った。それまで黙って聞いていた由香里は、ようやく回ってきた自分のターンを見逃すことなくゆっくりと口を開く。


「過分なるお褒めの言葉、ありがとうございます。まさかイツロー先輩からこのような高い評価をいただけるとは、嬉しさで涙がちょちょ切れそうです。で、先輩は私にどうしろとおっしゃるんですか」


――こいつは本当に場面をよく見ている。空気を読まないんじゃない。空気を読み把握した上で、状況を本来の望ましい方向へ誘導しようとしてるんだ。トリックスターに仕立て上げた自分のキャラクターをフルに利用して。

 大丈夫。こいつに任せておけば、きっと弥生を、前のままではなく新しくなった弥生をこちらに繋ぎ直してくれる。


 原町田由香里の目を射貫けと願わんばかりの強い気持ちで、逸郎は自らのプランを言葉で放った。


「俺は原町田が弥生を強襲すべきだと思ってる。今夜にでも」

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