表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第5章 原町田由香里
23/164

第22話 環境は、相手が自分から言ったりしないことをあれこれ詮索しないですよね。

 このひと月余りずっと押さえ続けていた感情が嗚咽となって溢れだした逸郎は、それらすべてを初めて表に吐きだした。



「ピースは概ねハマりました。少なくともこの前のまーやの大逃亡については」


 逸郎が落ち着きを取り戻すのを見計らって、由香里は話しはじめた。


「そもそもあたしたちはそういった惚れた腫れたの話はしないんです。あたしはそんなゲスいネタを振ったりしないし、まーやも自分から話すことはない。でもね、雰囲気くらいは伝わってきますよ。率直に言って、まーやは先輩のことを憎からず想ってましたね。少なくともGW(ゴールデンウィーク)過ぎまでは。打ち上げコンパの二日前に、誰かさんが大好きだというクラリスの普段着みたいなのを探しに行くの、カワトクまで付き合わされましたし」


――そうか。あの夜の清楚なブラウスとスカートのコンビは、俺に見せるために着てきたものだったのか。


 またしても熱いものが込み上げてくるのを逸郎は必死に押さえつけた。


「あの日のことはあたしも責任感じてるんです。調子に乗ってお酒飲んだりしなければ、そうでなくとも気分悪くなるまで飲み続けたりしなければ、あんな輩にまーやをお持ち帰りさせたりはしなかったはず……」


――そうだよ。おまえを介抱していた所為で、俺も弥生から目を離さざるを得なくなったんだ。ああいう席だし不可抗力と言えばそれまでだから、今更非難する気はないけれど。


「あのときは先輩にまで手を煩わせてしまいましたからね。まさに飛車角落ちです。いや、いいとこ飛車(ケイ)落ちくらいですかね。言うまでもなく、飛車はあたしですけど」


――前言撤回だ。やはりおまえが一番悪い。


「そう言えば八兵衛さん、じゃなくて先輩は知ってます? 聞くところによると、あのときあたしは先輩に持ち帰られたことにされてたそうですよ。失礼にも程ってもんがありますよね」


――どこをどう突っ込めばいいのかわからなくなる。うっかりかよ、俺は。てか原町田、昭和に詳し過ぎ。お前いったいいくつだよ?!


 ただこいつと話してると深刻さが失われるのは正直助かる。そう逸郎は思った。由香里とのやり取りの中で、少しずつ気持ちが落ち着いてきているのを自覚していた。


「兎にも角にもあの日から、まーやはひと月以上も音信不通だったんですから。なんで急にいなくなったのか吊し上げしてでも知りたい、聞き出したいとも思ってましたよ。でもね、あたしはそういう役どころはしない、って前から決めてるんです。女子校ってのはそういうのの坩堝(るつぼ)ですからね。あたしはそんな野次馬根性のウザさを三年間で思い知らされました。もうね、嫌ってほどに。どこでなにしてたの超心配でご飯も喉に通らなかったよ、スタンプいっぱい送ったの見ててくれてたかな、いない間のドラマは全部録画しといたから今度一緒に観ようね。そんなうわっ滑りな定型文を本人に直接言っちゃう役どころ。そういうのは親とか兄弟とか夫婦とかの仕事です。もしかしたら恋人同士とかもその部類に入るのかもしれないけど、そっちは経験が無いからわかりません。ただ『友だち』の仕事ではない。あたしはそう思うんです」


 由香里はいつもよりさらに数倍強い口調で、そう言い切った。


「あたしの定義では、『友だち』は()()なんです。近所のコンビニとか行きつけのカフェとかお気に入りのペットショップとか、そういうのと同じ。環境は、相手が自分から言ったりしたりしないことについてあれこれ詮索とかしないですよね。そんな余分なことはしないで、自分のやるべきことをやってみせるだけ。おにぎりや飲み物がいつでも手に取れるところに置いてあったり、可愛く見えているかブサイクかなんて考えずにケージの中でただうろうろ歩いてたり寝てたり。で、相手が麦茶と鮭おにぎりを手に取ってレジまで持ってきたらはじめて、唐揚げなんかどうですか、って聞くんです。きゃー可愛いって女子高生が近寄ってきてはじめて、尻尾振って愛想振りまくんです。そういうタイムリーな距離感で相手は安心したり癒されたりする。他人はどうか知らないけど、あたしはそうあるべきだって考えて、そのように振舞うことにしてるんです、前っから。まーやが自分で話し出すまでは聞き出したりしない。だって、それが友だちだから」


 想像していたものとは百八十度違う由香里のポリシーは、逸郎の胸に響くものがあった。昨年四月の入学と同時に入った学生寮の生活で、逸郎自身いやというほど思い知った経験とも通じていたのだ。ただ単に同じ部屋で、同じブロックで、同じ寮で暮らしているというそれだけで他人の行動に直接干渉してくる人がどれほど多いか、どれほどウザく理不尽なものなのか。

 彼らのうちの半分でも由香里と同じ考えを持ってくれていたのなら、逸郎がたった一年で寮を出ることはなかったかもしれない。


――こいつの言ってることは一般的じゃない。でも、少なくとも俺にはしっくりくる。みんながそうであれば、本当の意味でどれだけ優しい世界になるだろうか。


 逸郎は胸の内で大きく首肯していた。が、そのうえで、こう突っ込むのだった。


「じゃあ、俺に詮索するってのはどうなんだ? 弥生に対してはいい。わかった。でも俺に対しては、おまえのその考えは適用しないのか?」


 逸郎のブーメランレシーブに、由香里は待ってましたとばかりの有無を言わせぬ強いリターンを打ち返してきた。

 優先度が段違いに違います、と。


「さらに言えば、先輩とは友だちでさえないじゃないですか」


 逸郎はコートのセンターラインをぶち抜かれた。


「あたしは本当にまーやが大切で、今回のことは心から心配したし何が起こっていたかも知りたいと思ってます。だから調べもするし聞き耳も立てる。槍須の鬼畜ぶりの噂だって耳にしたし、見たくなかったけど公開動画も見ました。あれに出てくるマーチという娘さんは紛うことなくまーや本人です。なんであんな破廉恥なことを嫌がりもせずやっているのか、正直困惑してます。もうアタマぐるんぐるんです」


 実際にぐるぐると頭を振り回しながらも、由香里は喋り続けることを止めたりはしない。


「でもね、それは目に見えてる情報だけであって、それでもって仮説を立てたり断定したりは、あたしはしないんです。しないって決めてるんです。まーやはあんな()じゃなかったとか、呆れ果てて話にならないとか。そんな自分勝手な感想なんて要らないし、持ちたくもないんです。あたしはただ、あたしなんかの誘導や強制などに頼らない、まーや自身の言葉を聴きたいんです」


 由香里の強い言葉は逸郎の胸にずっしりと響いていた。独自に鍛えた行動規範で己を律する傍若無人の後輩は、ファインとはまったく違うやり方で、でも同じことを逸郎に伝えようとしている。


「まーやにとってあたしが信頼に足る()()であれば、きっとまーやの方から話してくれます。そしてそのときにベストなトスが上げられるよう、あたしは準備してるんです。先輩に詰問したのもそのひとつ、です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ