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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第3章 ファインモーション
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第16話 今夜は控えめに言って最高でした。

「愕然だよ。だってそのとき私、十六歳の高校二年生よ。アカウント登録には七歳上乗せしてたから、あの世界では成人扱いだったけど」


 勝ち残るか、輪姦(マワ)されるか。バーチャルなゲームの中とは言え、幸福の絶頂で突然そんな究極の選択を突き付けられてしまった美少女女子高生を逸郎は想像してみた。だが貧弱な彼の経験値では、その姿を思い描くことはできなかった。


「とにかくもう勝ち残るしかないって思って、それしかなかったバスタオルを裸に巻きつけて、恐る恐る広場に出たの。外では本当に男たちが待ち構えてた。つい一時間前には助け合って恐竜を倒した仲間だった殿方三名が、ギラギラした視線で私を犯そうと迫ってくる……」


 ファインは両腕を交差させて自らの肩を抱いた。

 逸郎は思いだす。そういえば以前、本気でMMOをするときはHMDヘッドマウントディスプレイとヘッドフォンを装着してるから没入感が段違いに凄い、と話していたことを。こんな重要な攻略の際にフル装備を怠るファインでもあるまい。

 死地にも等しいこの場面に、十六歳の美少女はどんな覚悟で臨んだのだろうか。


「壮絶な戦いだった。だって銃も地雷も剣も弓も無いんだもの。ただただ、蹴って殴って突き飛ばして手近な石まで投げて。でも三倍になった反応速度を限界まで使えた私は、どうにかこうにか勝てた。バスタオルはボロボロになってたけど、不思議と大事なところだけは隠してくれてる。なんの自主規制なのかしらね。戦ってたときはそれどころじゃなかったからどうなってたのかは知らないけど」


 そう言ってから、ファインはふうと息を継いだ。固唾を飲んで聞いていた逸郎も、ほぅっと大きく息を吐いた。


――よかった。涼子のアバターが凌辱されずに済んで。


「イベント終了とともに東家の回復ブースが開いたから、すぐに飛び込んだ。ブースは一瞬閉じて、またすぐ開いたんだけど。そのときには全てのダメージが消えてて、衣装も装備もアイテムも、とにかく全部が戻ってた。ヴァーチャルゲームって便利よね。いつもの探索スタイルで広場に戻ったら、同じように元の装備を纏った男の人たちが地面に座り込んでいた。誰ひとり私に目を向けようとしなかったけど」


「帰り道の気まずいこと気まずいこと。四人とも無言のままよ。でも温泉への道の入口まで戻らないとログアウトもできない。往路での高揚感なんか、もう思い出すことすらできないくらい。ようやく通常のゲーム世界に戻ったとき、消えていく男たちのグッドラックを虚しく聞きながら私は思ったの。今度はもっと強い男たちと一緒にここに来ようって」


 ゲームの中の男たちに倣うように俯いていた逸郎は、ファインのひとことで顔を上げる。耳を疑ったのだ。だが彼女の瞳は、言い放った言葉通り、期待のこもった強い光を(たた)えていた。


「毎回違うパーティーを組んで、同じ年の夏休みの間に三回訪れたんだ。けれど、最後はいつも私が勝って終った。彼らが束になってかかってこようが、反射神経が三倍になった私には誰も敵わない。そうそう。但し書きにあった通り、あの三倍キャンペーンの効果はXXパラダイスのステージでの一回こっきりだったよ。あの特別なステージは、プレイヤーのスキルやステータスになんの影響も与えず、ただプレイした人の心に太い針を呑ませるだけ」


 冷めきったレモンティーを飲み干すと、ファインはひと呼吸置いた。

 逸郎もわずかに残っていたコーヒーを流し込み、からからになっていた喉を潤した。


「その年の大晦日の夜、除夜の鐘を聴きながら、私は都合五回目のエレクトサウルス討伐に出掛けたのよ。今度こそ私を組み伏せてくれるかもって期待できる、超絶に強い三人の殿方を仲間にして」


 ファインの瞳が、ミラーボールを当てたかのようにキラキラと光っている。これがこの娘の本当の姿なのか。


「手抜きなんてぜんぜんしなかったよ。いままでと同じように襲い掛かる手を振り払い、投げ飛ばして、最後には私だけが戦場に立っている。そのつもりで戦っていた。けれどそのときだけは、最後に力尽きちゃった。馬乗りにされたジルは、頬を何度も殴られた。バスタオルを剥ぎ取られて髪を引きまわされた。手足を押さえつけられてお腹を蹴られた。ライフゲージがエンプティ。もう抵抗する意思の欠片も残ってない。完全に私の……」


 負け、とつぶやくように口にしたファインは、どういうわけなのか、最高に幸福だった時間を懐かしむ外国映画のヒロインに見えた。


「彼らは私が温泉に入ってる間に順番を決めてたみたい。見事に統制されたチームワークで両手両足押さえられた全裸のアバター(わたし)は、大晦日の深夜、ウエストサイドストーリーに出てくるみたいな街角の、二階まで届く金網と煉瓦の壁とに囲まれた袋小路で無理やり犯されて処女を散らしたの」


 脆くて大切な宝物を慈しむように、ファインは仮想の破瓜の記憶を語っている。


――レイプされたんだろ、涼子は。


 逸郎はワケがわからなくなっていた。なぜこの美少女は、手も足も出なくなるほどボロボロにされて輪姦されたという最悪の記憶をこんなにも大事そうに話すのか。


「リアルかヴァーチャルかなんて関係ない。私の意識の上での初体験は、さまざまな場所で代わる代わる、ときには三人同時に貫かれ汚された暴行(レイプ)のフルコースだった。公園の大木に顔を押し付けられて、立たされたままで後ろから。電車の中、両手を吊革に縛られて前と後ろを同時に。公衆トイレの個室で背後から貫かれながら、横の相手のそれを手淫して、便座に座るもうひとりのを口で受ける。オフィスの中で犯されたときはストッキングとスーツを着せられたよ。あの広場にあったミニステージはすべて、(アバター)を犯し凌辱する男たちのためにつくりこまれた舞台装置だったんだね。女しか観ることが許されない温泉の絶景と同じように」


「想像できるバリエーションをすべてし尽くしたかのようなレイプを通し、自由の効かないジル(わたし)の躰の穴という穴にヴァーチャルの精液を何十回も注ぎ込まれたんだ。最後の陵辱が終わった頃には、日本では初日の出が空のてっぺんまで上がっていたよ」


 ファインは恍惚の表情を浮かべながら、そこまでの悪夢のような体験を一気に語ってくれた。瞳がうるんでいるのをどう解釈すればいいのか。逸郎の理解の範疇などはとうの昔に超え去っていた。


「通常ゲーム世界まで戻る道すがら、黙ったままの男たちに私はテキストチャットで話しかけたの。忘れられない新年をありがとう。もし嫌でなかったら、今からビデオチャットを始めないかって」


 逸郎は直感した。


――ここからは、涼子の答え合わせだ。


「私を最初に貫いたリーダー格は初めは乗り気じゃなかったんだけど、しつこい私の頼みに結局折れてくれたの。四人でのディスコ―ドは、もちろん全員素顔を晒して。リーダーの魔法使いはロチェスターに住むロマンスグレイの英国紳士。凄いお金持ちらしい。力自慢の大男はシンガポールで会計の仕事をしてるという真面目そうなお兄さん。銃器の専門家はカナダのオタワで化学を教えるハイスクールの先生。みんな私が十七歳で日本の女子高生だってことに驚いてたし、私の素顔を見てとってもキュートだとも言ってもくれた。あと、全員が口を揃えて『興奮した』って」


 彼らはこう続けたの、とファインは紡いだ。


「今まで生きてきて、やったことはおろか想像すらしたことなかった凌辱行為が、こんなにもエキサイティングで爽快なことだったのかって。全てのストレスが全部吹き飛んだって。もちろん、リアルでやっちゃいけないのは当たり前だけど、と付け足して。彼らは最後に、蹂躙し犯しつくした相手の中身がこんなにも素敵な美少女だと知ってさらに満足が増したって言ってくれたの」


 だから私も正直に話したよ。

 そう繋ぐファインの視線は、逸郎の額を射抜いてその先に達していた。


「私まだ本物のセックスは知らない。だけど、無力の躰を押さえつけられ三人に貫かれ続けた今夜のできごとは、控えめに言って最高でした。こんなセックスなら、私、すぐにでもリアルのヴァージンを捧げたい、って」


――ああ、これが涼子の本心だったのか。


 逸郎は、ファインの述懐を無条件に飲み込んだ。理解したわけではない。ただ、自分にとってはこれほどまでに歪んだ志向だって、世界には有り得るのだな、と。


 別れ際に英国紳士が言ってくれたの。ファインはそう言葉を接いだ。


「不幸なことに私は自分が百回生き直しても使い切れない大金持ちだ。もしもきみたち三人が本気で望むなら、全員を私の家に招待して、リアルのジルのために今日の続きをしてあげたいと思うんだが。もちろん、殴ったり蹴ったりなどは抜きにして、今日よりも少しだけ優しく。もしも未成年のジルがUK(私の国)に来るのは難しいというのであれば、三人で連れだって日本に訪問するのでもいい。むろん全ての経費は私が持つ」


 どうかねってね、と微笑むファインの口元から、逸郎は目を離すことができなかった。


「おじさま、このときから私はこの英国紳士を勝手に『おじさま』って呼んでるんだけど、そのおじさまからの提案にみんな歓声を上げたの。でもね、誰よりも私が嬉しかった。あの凌辱と歓喜の時間を共有したみんなに、また愛してもらえる、犯してもらえる。しかも今度こそ、ホントにホントの私の躰で」


 言葉を失っていた逸郎はそれでも掠れた声を振り絞って、肝心のことを尋ねた。


「それでそのひとたちとはどうなったの?」


 ファインは満面の笑みを浮かべた。

 逸郎は、それほどまでに真っ直ぐなファインの笑顔を見たことがなかった。


「来てくれたよ日本に。その年の春休みに!」

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