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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第22章 田中逸郞2
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第148話 やっぱりこれは受け取ってください。

 日曜の朝九時。布団の上でスマートフォン片手に二度寝していた逸郎は、玄関を叩く音で起こされた。Tシャツにスウェット姿の自分に気づき、よれよれのトレーナーをかぶって玄関を開けた。


「おはようございます。田中先輩、誕生日おめでとうございます」


 玄関口には爽やかな笑顔の弥生が立っていた。


「お祝いを持ってきました。助けてくださったお礼も込めて。あ、でもそんな深い考えのものじゃありません」


 弥生は紙包みを差し出してきた。まだ反応の鈍い逸郎は、なかば自動的に手を添える。


「なに?」


 そう尋ねながら、逸郎は自分の覚醒を急がせた。考え無しのままじゃ、前と変わらない。


「ジャージの上下です。部屋着にでも使ってもらえればと思って。先輩のスウェット、だいぶくたびれてましたから」


 思わず自分の格好を見下ろす逸郎。たしかにくたびれてはいる。だが、それは問題じゃない。手にしている紙包みを見下ろしながら、逸郎は黙考していた。


「ホント、深い意味は無いんです。でも今の私は、先輩が生まれてきてくれてなければあり得なかったわけですし、そういう意味でお祝いをしたくて」


 弥生は一所懸命説明をしている。


「ご存じの通り今はお金の心配もありませんし、もっといろいろと選んでみたかったんですが、お友だちって立場を考えるとあんまり重いものじゃいけないかなって。それでジャージ。受け取っていただけますか?」


――受け取らなかった場合、弥生がどうなってしまうか。そんなことを斟酌(しんしゃく)するのはもうやめよう。それはもはや、俺が考慮すべきことではない。


 逸郎は考える。問題は、自分がどうしたいのか、と。


 弥生はお前にとってなんだ?

 → サークルの後輩。そして、友だちだ。

 それは将来変わる可能性のある関係なのか?

 → 未来を正確に予測することはできない。だが、今の俺の考えならはっきりと言える。弥生とは今も未来も友だちのままだ。

 友だちからの分を超えない贈り物を、お前は受け取るのか、受け取らないのか?

 → ……。


 逸郎は口を開いた。


「すみれと、たぶんだけど、仲直りできたんだ。今日も午後に会うことになってる。完全に許されたわけじゃないし、今後もそれは一生無いと思う。でも、そのこともわかったうえで、一緒に未来を見に行こうってさ。だから……」


「おめでとうございます!」


 台風一過の青空のような笑顔で、弥生は祝福の声を上げた。


「本当に、本当に良かった。先輩、頑張ったんですね。ありがとうございます」


 お礼の意味が分からない逸郎は続きを語ることもできず、ただ弥生の言葉を待つ。


「私、ずっと気にかかってたんです。自分がやりたいように進む。これから先は、その信条でいいんです。でも、その意味がちゃんとわかってないうちに傷つけてしまった、壊してしまったもののことを。私にそんな価値が、本当にあるのかって」


 短いが深い息継ぎをして、弥生が続けた。


「だから、先生との形を修復してくれた先輩にはお礼を言うしかないんです。私の荷物を軽くしてくれてありがとう、って」


 本当に、心からありがとうございます。そう言って弥生は頭を下げた。


――俺はこいつのことを信じてもいいかもしれない。いや、信じてやりたいって思ってる。


「やっぱりこれは受け取ってください。友だちからのお祝いとして」


 受け取らない理由はもはや、無い。逸郎は視界が晴れた気がした。


「ありがとう。有難く受け取らせてもらう」


 でも、と継ぎながら、逸郎はにやりと笑った。


「俺は弥生には惚れないよ」


 もちろんそれは織り込み済みです。と答えて、元気な弥生は屈託なく笑った。

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