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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第3章 ファインモーション
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第14話 ダイハンには隠し湯のステージがあるの。

「ねえ涼子、セックスってそんなに中毒みたいになっちゃうほどいいものなのかね」


 口にした一秒後に、逸郎は無駄な質問をしたと気づいた。

 そんなことをファインに尋ねても意味がない。なぜならファイン、いや、天津原涼子ファインモーションという黒髪碧眼の美少女は、その恵まれた容姿とは無関係に、およそ恋愛の世界から遥か遠く離れた存在なのだから。


 彼女は、十人が十人振り返る規格外の美人である。入学から半年の間で三十余人から告白されたのは紛うことのない事実だ。実際その大半の現場を逸郎は、ファイン本人からの警護依頼を受けて陰ながら見守ってきた。いずれの場面でも、彼女はなんの躊躇もいかなる譲歩もせずに、即断で告白者たちのフラグをへし折り続けた。それはもう、気持ちがいいほどの光景だった。

 昨年の四月から十月初頭にかけての約半年間、多少の波はあったものの、ファインへの大告白祭りは散発的に継続していた。しかしその波も学祭を越えた辺りでぱたりと止み、冬支度を始めるころには、彼女の周辺海域はすっかり(なぎ)になっていた。クリスマス前にもうひと波あるのではと予想していた先輩たちもいたが、そんな駆け込み需要のターゲットに難攻不落の大要塞を選ぶ英雄的莫迦(ばか)が今更居るはずも無く、以降今に至るまでファインへのアプローチは、少なくとも学内においては完全に途絶えている。


 今にしてみればはっきりと言える。ファインは、恋愛などという不確定なノイズに頓着する気など露ほども持っていないのだ。彼女が愛着を示すのは、造りこまれた世界観を持つMMOの世界(ヴァーチャルワールド)であり、その閉じた世界の中に隠された論理的制約を試し、類推し、暴いて見せて、(おの)が身をより高みに上げることこそがファインの希求するテーマなのだ、と。

 そんな彼女に、不確実性そのものともいえる恋愛やセックスについての意見を尋ねて是非を聞くなど、愚行以外の何物でもない。

 だから逸郎は撤回の言葉を繋いだ。


「ごめんごめん。そんなこと聞かれても答えようがないよな。今のは無し。聞かなかったことにしといて」


 しかし、取り繕うような逸郎の台詞が伝わった様子は全くなかった。ファインは中空を見つめ、思考のどこか深いところから大事な何かを探り採ろうとする深海潜航の真っ最中だった。海面で置いてきぼりにされて取り付く島を無くした逸郎は遥か昔に冷めてしまった珈琲の表面を見つめ、ほんのひと月半ほど前までの弥生を思い描いていた。真面目で素朴で、どこかおどおどしたところを持ちながら、それでも興味への探求を持ち続ける自分でありたいと望んでいた愛すべき無垢の少女のことを。



「うん。私、なんかわかるかも」


「へ?」


 いつの間にかこちら岸に戻ってきていたファインが、いきなりの言葉を投げてきた。追憶に没入し過ぎて受け損ねた逸郎は、間抜けな返ししかできない。


「うん。だから、弥生さんがセックスに嵌っちゃった気持ち、私もたぶんわかるな、って」


 眼前のしっとりと美しい唇から「セックス」なんて単語が出てくること自体驚きだが、さらに、気持ちがわかる、だと?

 逸郎は自分が持っていたファインに対する岩盤のごとき理解が、液状化して崩れていくような錯覚に陥った。


「ね。いっくんはダイハンやったことあるよね」


 ダイハン。ダイノソーハンティング。世界中で数億人規模の愛好者がいる超大作MMORPG。最大四人でパーティーを組み、広大なバーチャル世界を旅しながら恐竜を探し、追い込み、狩っていくアクションゲームである。戯れ会内でもファインのアカウント「ジル・フェアリーテール」の桁違いの強さは知れ渡っている。と同時に、OBにも明かさない最重要秘匿情報(トップシークレット)であることもサークル内では共有されている。国内では数人しかいないと言われるUG級の覆面ハンターなのだから、当然と言えば当然だ。

 ダイハンに関しては逸郎もアカウントくらいは持っている。昨年夏から三カ月ほど集中してようやくS級に上がれた程度ではあるが。


 逸郎の返事を待たずにファインは続ける。


「ダイハンにはたくさんのアウトサイドステージがあるでしょ。そのひとつにエクストリーム・ホットスプリングっていうのがあるの」


 そのステージは聞いたことがない。逸郎はそう思った。というかこの話題、いったいどこで弥生の話と繋がるんだろう。

 逸郎は会話の先行きが読めなかった。ただ、こんな風に自分から新たな話題を振ってくるファインを見るのは初めてかもしれない。その稀有な状況に逸郎の興味は少なからずそそられた。たとえ関係のない話であっても、弥生のことを忘れていられる時間ができるのならそれは有難いことに違いない。


「まぁ温泉、よね。いわゆる隠し湯。難易度SS級ポツリワナ平原の一番奥に棲むエレクトサウルス・スプリーム。その子を見つけて狩ることができると道が現れるっていうレア中のレアステージね。知ってる人はプレイヤーの中でも1%いないんじゃないかな。本にも載ってないし。でね、その温泉に浸かると一時的とは言え反応速度が三倍になれるって話を、海外の掲示板で見かけたの。三年前の春、高校二年生に上がるころだったかな」


――三年前の涼子はたしか名門女子校に通ってたはず。俺たちが知り合う二年以上前か。わざわざ話してくれるほどだから相当不思議なステージなのだろう。


 逸郎の意識は、ファインの話に耳を傾ける側にシフトチェンジし始めていた。

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