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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第22章 田中逸郞2
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第145話 私、融通が効かないのよ。

「私、融通が効かないのよ」


 すみれの視線が揺らいでいるのが、逸郎にも見えた。


「イツローのことは好きだし、ちゃんと愛してる。まだまだいっぱい抱いてもらいたいって思ってたし、今すぐにだって抱きつきたい。身体中触って欲しい」


 ほんの二メートル先で身悶える身体を自らの腕の戒めで押さえつけている黒レザーのすみれを、逸郎はただ見つめている。走り寄りたいのに、足が地面に縫い取られたように動けない。

 頭を振り乱しながら、すみれは叫んだ。


「でも、それでは駄目なの!」


「私の頭の中にいる三人の私のうちふたりまでは、あなたを赦せって言ってる。でも、駄目なのよ。最後のひとりが頑なに拒むの。絶対に認めちゃダメ。一度裏切った人はいつかきっと同じことをする、って断言するのよ」


 だからあなたとは続けられない。すみれはか細い声でそう告げた。



 逸郎は考えていた。

 間違いを起こしても、それを真摯に反省しそのメカニズムを検証した者の方が再発防止には有効だ、とか、ふたりで時間を掛けて丁寧につくりあげてきた楼閣はそんな砂で作ったようなものじゃないはずだ、とか、それほどまで俺のことがトレースできているのなら今の俺がどう思ってるかだってわかっているだろう、とか。

 だが、そのすべての言葉は、脳内でシミュレーションする度に看破される。いわく、間違いに通じるハードルを突破したという体験の方が優先されることもある。いわく、砂で作った楼閣だって丁寧に作れば本物らしく見えることもある。いわく、あなたのことがわかっていたとしても、それは私の問題じゃない。

 堂々巡りをしている逸郎の理性は、やはりすみれの決断を尊重し最優先させることが一番すみれのためになるんじゃないのか、という結論の目前にいた。


――それこそが、自分が示せる最後で最大のすみれへの愛ではないのか?




 あんちゃねっちゃ、これがらも末永ぐ仲良ぐね。




 刹那、逸郎の脳裏に暑かった夏の遠野でのひと幕(ワンシーン)が蘇った。


――そうだ。あれはまさに人前結婚式だった。俺たちはあのとき、見ず知らずではあっても一切の余分なものを削ぎ落とした純粋な視点の存在から未来を祝福されたのだ。


 病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、互いを愛し、敬い、慰め合い、助け合う。


――俺は、俺たちは、たったひとつだけだとしても、あのときの承認を拠り所にしたっていいんじゃないのか。



 全ての考えの言語化を放棄した逸郎は、縫いつけられた脚を地面から引き剥がし、固まった関節の軋み音を無視した。大股で二歩。


 漆黒のレザーに包まれた冷え切った細い身体を身動きできないほど強く抱き締めて、逸郎は一切の躊躇無しにすみれの唇を奪った。

 冷たく乾いた唇を無理やりこじ開けて、火のように熱い舌を滑り込ませる。奇襲の所為なのか、それとも、待ち侘びていたのか、すみれからの拒絶は無かった。全くの無防備の中、逸郎の舌は進軍を続ける。参道の両壁からは歓喜の水が撒かれ、足元の赤い絨毯(レッドカーペット)は凱旋者を歓待するように巻き上がった。

 逸郎の背中に紅葉の形の熱源(ホットスポット)がふたつ現出する。その熱は、ブルゾンもシャツも透過して、逸郎の背中に直に作用してきた。

 発熱する紅葉を中心に、自分の身体の熱が蘇ってくるのがわかる。


――すみれにも同じことが起こっていると良い。ここは寒過ぎる。俺たちはふたり繋がってないと、この寒さを乗り切ることができないんだ。


 逸郎はぼんやりとそう思った。

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