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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第21章 田中逸郞
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第137話 いい彼氏掴まえたじゃない。

『戯れ会』の不来方祭は、突貫だったにもかかわらず大盛況に終わった。ダイハン世界一位を迎えての公開デモは二回とも満席で、同時配信したYoutube Liveの視聴者もトータルで十万人近くまで達した。

 ゲーム実況アカウントに馴染みが多い先輩たちが事前告知してくれたことも大きいが、会場でわちゃわちゃする女子だけのポンコツトリオと実力世界一位を誇る覆面美女のオンライン参加という編成は、コンテンツとしても相当興味深かったのだろう。ファイン七割企画力三割というところか。ハイブリッド動画配信を考慮して、四人ともが謝肉祭のようなマスク(マスカレード)だったのも、絵面的に面白かった。


          *


「お疲れ様」


 二日目のイベントも無事に終えて控室に訪れた逸郎は、自宅での出番のあとわざわざ大学まで慰労に来てくれたファインに、労いの言葉を掛けて水を渡した。涼しい顔をして扇子を仰いでいるファインは、部屋の隅を指さす。


「それはあっちの三人に言ってあげて」


 見ると、疲れ切って息も絶え絶えに蹲っている三人がいた。ダイハンは初期の頃にやっていたと言うナイル先輩はまだいいとしても、基本『龍が如く』を横で観てるだけの由香里、FF7の他はぷよぷよしかやったことがない弥生という布陣では、九十分の長丁場での実戦は無茶というしかない。しかもステージは上級者向けの連続だから、普通であれば瞬殺でゲームオーバーするところ。それをほぼひとりでクリアしていくマスターに無理やり引っ張られていくわけだから、場違い感も甚だしい。

 ひとりずつに冷たい水を配って回っていると、由香里が噛みついてきた。


「誰ですかこんな非道な企画考えたのは。あたしたち三人、もう完全にファイン先輩の足枷じゃないですか!」


「ごめんね、ゆかりん。これ考えたの鵜沼(カンジ)くんなの。ほんと酷いよね」


 横でしゃがんでいるナイル先輩が、同期の会長に責任をなすりつけている。


「彼氏なんだから暴走しないようちゃんと手綱取ってくださいよぉ。あ、ほらぁそこ! たかが水一本受け取るのにいちいち紅くなってんじゃないっ!!」


 当事者不在でやり場のない由香里の矛先は、即座に、逸郎からペットボトルを受け取る弥生に向けられた。


「紅くなんかなってないよぉ。暑いだけ」


 由香里は、ふん! と鼻息を鳴らす。

 勢いよくドアを開けてシンスケが飛び込んできた。


「今日は視聴者五万人超え。やったね!」


「打ち上げはマジで労ってもらいますからね」


 睨みつける由香里にひるむことなく、シンスケは後ろ手に持っていた紙袋を差し出した。


「そう言うと思って、買ってきたよ、銀河堂のチーズケーキ」


「おお! なんと気が利く」


「ホールじゃない。私も食べていいの?」


 色めき立つナイル先輩にシンスケは、当然です、と胸を張った。


「ゆかりん、いい彼氏掴まえたじゃない。やるねー」


 イヤソレホドデモ、と照れる由香里を微笑んで見守る弥生。逸郎はその瞳に、一瞬、寂しげな色が浮かんだのを見た気がした。


          *


 今月に入ってから逸郎はアルコールを絶っていた。自制が効かなくなったとき、自分が何を言い出すか、何をやり出すかがわからなかったから。

 打ち上げの宴会も一次会で辞して、逸郎は大学構内に置いてあるバイクを取りに向かった。十月も半ば過ぎの夜は、もうかなり寒い側に寄っている。


「どうしてるかなぁ……」


 夜空の星々を見上げながら、逸郎は呟く。彼女が毎日大学に来ているのは逸郎も知っている。それもバイクで。


 あのすみれ先生が思いっきりイメチェンした、というのはここ二週間の専らの噂である。かっちりしたスーツ姿で回りを寄せ付けない雰囲気だった美人准教授が、後期に入った途端、派手な色のブルゾンにデニムのパンツとブーツの出立ちでバイクを駆って通勤している。その変わりようは、いやが上にも目立つことだろう。

 逸郎も一度だけ姿は見たことがある。赤いヘルメットから長い髪をなびかせて構内を横切り、そのまま正門を抜けていったVストロームを。


――装うのを止めたんだな。


 逸郎は思った。あのクラスチェンジが自分と無関係なはずはない。自分に向けた、と云えば言い過ぎだが、サインであることは間違いない、と。

 だからといって、模索する己が体現すべき未来を指し示してくれる託宣が降りてくることもなければ、連絡が届く予感がするわけでもない。待っているしか無いことはなにも変わっていない。


 逸郎は焦っていた。ただでさえ大きな能力(アビリティ)の差が、さらに開いてしまうことに。すみれは意図を持って変わろうとしているのに、自分は忙しくするという言い訳で無駄に時間を過ごしているだけではないのか。横に並んで歩いて行くなんて、望みようですら無くなってしまうのではないかと。



 サベージ(愛車)のエンジンに火を入れ、回頭させる。シートに跨りヘルメットを被ろうとしたそのとき、ヘッドライトの先から近づいてくる人影に気がついた。


「先輩。田中先輩!」


 光芒の中に現れたのは弥生だった。

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