第13話 これ、入ってるよね。
梅雨の晴れ間、夏を感じさせる日差しのカフェテリアで、逸郎はファインと無言で向かい合っていた。
壁を背にしたファインはスマートフォンでYouTube動画を見つめている。ブルートゥースイヤホンを使っているので音も聞こえない。
視聴し始めてから約十五分、ようやく一本見終えたらしい。
「ふぅん。こんなことになっちゃってるんだね、弥生さん」
青みを帯びた涼しい瞳が見据えているのは、サークルOBの槍須が運営する動画チャンネル『ヤリスちゃんねる』だった。
画面の中、白っぽい部屋の壁に突き当たるように置いてあるベッドに男女が腰を下ろしている。
男は槍須哲也。逸郎たちが入学する直前の三月に、六年かけてようやく卒業した『戯れ会』創始メンバーのOBだ。逸郎もファインもコンパの席で過去に二度ほど会ったことはある。卒業後は定職に就かず、ユーチューバーになると宣言して、単独で『ヤリスちゃんねる』を立ち上げた。二番煎じ、三番煎じの中途半端な動画ばかりを配信する窓際的チャンネルだと聞いている。
隣に座っているサングラスの女の子は、その回の動画でデビューするという新アシスタントのマーチちゃん。赤い文字で「Making Love With Me」とでっかく書いてあるLLサイズの白Tシャツをワンピースのように着ている。肩にかかるボブカットや顔の骨格、首の感じ、鎖骨のくぼみ、雰囲気や体格など、マーチちゃんは、合宿打ち上げコンパの夜以降行方不明となっている弥生に酷似している。
ベッドに腰かけた槍須は番組の冒頭からずっと、隣に侍らせたマーチちゃんの初体験のときの痴態と、それ以降毎日のように味わい続けているというとびっきり感度の高い彼女の躰が、どれほど自分を悦ばせてくれる絶品なのかを言葉を尽くしてねちっこく語っていた。
彼女の躰のあちこちにあるという性感帯の解説を軽い口調で披瀝する槍須は、その合間で、マーチちゃんに服を着たまま下着を外すよう、これまた軽い調子で指示をする。横に座り、恥ずかしそうに黙っているだけだったマーチちゃんはその命令に強く抗うこともなく、ぶかぶかのTシャツの袖口から順番に腕を抜いて身をよじり、慣れない手つきで首元から肩紐の付いた可愛らしいお椀の連なりを抜き出した。
脱ぎたての下着を受け取った槍須はカメラに向かってそれを広げて見せる。おざなりの感想を吐いて彼女とは反対側の脇にぽいっと放り投げると、こっちもね、と腰のあたりを事もなさげに指差した。俯いたままのマーチちゃんはその指示に小さく頷く。
膝に置く小さな手を一度だけ握りしめると、両肩をいからせ、それから太腿まで掛かっているシャツの裾の両脇に両手をゆっくりと差し入れる。前屈みになりながら右、左と順番に膝を上げ、その動きに繋げて折り曲げた左右の肘を徐々に伸ばしていく。ゆるい丸首から薄いピンクに染まった胸元が覗いた。
太ももの脇から膝に向かって匍匐前進する指先に絡まるように、白っぽい布がV字を描いて引っ張られていく。正面からのカメラに絶対領域が映り込まないことを意識させられているらしく、マーチちゃんは膝頭を傾けて、座ったまま小さな布地を片脚ずつ抜き取った。
脱がれたばかりの下着を受け取った槍須は、さっきのと同じくそれも両手で広げた。わざわざ裏返しまでしてみせてカメラに近づける。中心に残る沁みが少し光って見えた。
愛でるのに飽きたかのように無造作に下着を放った槍須は、おもむろにTシャツだけのマーチちゃんを抱き寄せて、画面の中央で顔を被せた。にちゃにちゃしたものを食むような水音が聞こえ始める。槍須の後頭部で隠れていた顔の左半分が画面に戻ってきた。押し上げられて耳から外れたサングラスがずれて、瞑る直前の左目が一瞬だけ垣間見えた。
マーチちゃんは弥生だった。
舐めあうような音が途切れることなく続く中、槍須の左手がTシャツの胸に移動した。時折、探しだしたなにかを指先でつまんでいるのがわかる。その度に喘ぐ弥生。頬は紅く染まり、上気している。
動画はさらに続き、胸を弄んでいた左手が今度は内腿の間に差し込まれ、Tシャツの内側に侵入していった。躰の中心に強い刺激を受けた弥生は口吸いから逃れ、吐息を漏らしてのけぞる。しどけなく膝が開き、Tシャツの裾がまくれた。男の手で隠されていたが、脚の付け根が何ひとつ衣服で覆われていないことは一目瞭然だった。反らせたTシャツの胸の二か所がつんと浮き出ていた。
ベッドに倒れ込み、されるがままに悶える弥生の上から顔を上げ、カメラを見て笑った槍須は、これから俺たちははじめちゃうから、バンされないためにも今日はここでおしまいと告げ、画面はチャンネル登録案内の静止画像に変わる。音声だけはそのまましばらく、吸い込むような粘着音と弥生の喘ぎ声を流し続けていた。
「こんなんなっちゃったんだ」
ファインはもう一度呟いた。
マーチちゃん生脱ぎシリーズは十本くらいがすでに公開されており、どれも十万回以上再生されている。
今までで一番過激なものは彼シャツ姿の回だった。生脱ぎした弥生が仰向けに寝転ぶ槍須の顔を跨ぎ、背中向けの蹲踞の姿勢で胸の上に座り込む。カメラには見えない向こう側でなにか(おそらくは槍須のイチモツを顕わにするなど)をしてから膝立ちになって、そのなにかの上にゆっくりと腰を下ろしていく、という代物だった。
「これ、入ってるよね」
ファインの言葉に逸郎は、そうだろうね、と静かに答えた。
繋がっている部分こそ映ってはいないが、身体を揺する動きにシンクロする弥生の切ない喘ぎが演技などでないことははっきりと見て取れた。ひと月前までは手すら繋いだことのない真っ新な処女だったはずなのに。
顔の広いシンスケが仕入れた情報によると、槍須はそれらの画像や動画を裏で販売もしているらしく、今はもうカメラ回しっぱなしでセックス三昧の日々と聞く。情報収集の際に先輩たちに誘われたシンスケは、槍須から直接貰ったという弥生との一部始終を映した修正前の動画を見せてもらったそうだ。マジ超エロかった、とはシンスケ自身による正直な感想。
――あのユーフォとラノベが大好きで、控えめだけど愛嬌もある可愛かった娘は、いったいどこにいってしまったのだろうか。俺は告白の答えさえ貰えてないというのに。
眉間に深い皺を寄せて目を瞑っていた逸郎は、深く息を吐いて煤けたカフェテリアの天井を見上げた。




