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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第21章 田中逸郞
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第135話 夜はちゃんと寝るんだよ。

 槍須哲也は約束通り、九月三十日付で一千三百四十八万六千円を指定口座に振り込んできた。その二週間後には、署名捺印の入った覚書が返送されてきたという軽米弁護士事務所からの報告が、ファインを通じて関係者にもたらされた。押収した動画も、弥生の希望ですべて廃棄処分にされ、その証明も届いている。今年の五月半ばから始まった槍須にまつわる事件は、これで全部片が付いた。



 弥生は不来方祭を契機にサークルに復帰した。入学以来のボブカットをバッサリ切ったショートカットで、以前とは比べ物にならないくらい明るく行動的になっている。最初は腫れ物に触る様子だった先輩たちも、元気に活動する弥生にあてられて新しい関係性を築き始めているようだ。

 実家にも一度帰ったらしい。由香里を伴ってのその帰省で表面上の顛末はすべて晒し、既に和解も成立して終わったこと、という結論を伝えた。なによりも、明るく元気になった娘の姿を目の当たりにさせたことで、納得してもらえたという。

 来月には門限の無い普通のアパートに引っ越すと聞く。



 由香里とシンスケは交際をはじめた。

 九月末のミッション完了した夜の帰り道に肩の荷を下ろした解放感からなのか、シンスケからの申し出を由香里が即答で応諾したと云う。

 どうだろうか? いいんじゃないですか。というやり取りは、「告白に受諾」などでは断じてないそうで、その辺は実に由香里らしい。

 シンスケは中古の軽自動車を物色中で、合わせて年度一杯での退寮も予定しているとのこと。寮生と自宅生の悩みを高機動移動体と完全個人居室環境の導入で一気に解消すると息巻いているが、何が目的なのかは無粋なので聞いていない。



 ファインは変わらない。いつも通りお祭りごとにはさしたる興味を示さず、来る不来方祭での戯れ会メインコンテンツ『戯れ会女子ポンコツトリオが世界チャンピオンと組んで上級ステージの恐竜をボコボコにするよダイハンゲームデモ』にも自室からのオンライン参加でのみ協力することを了承。他はほとんど自宅を出ることなくMMOゲームに興じているようだ。詳細は不明だが。



 そして逸郎は、十月半ばを過ぎた今も、すみれからの連絡を待っていた。


          *


 すみれと弥生が邂逅した翌日の夜、逸郎のスマートフォンにファインからの通話着信があった。


「すみれは元気になったよ」


 開口一番の台詞に逸郎は胸を撫で下ろした。マンションを辞する直前にファインから厳命された『すみれとの接触の自重』という忠告を守って自室で悶々としていただけに、このひと言は待ち侘びた知らせだったのだ。だが、本題はそこからだった。


「いっくんもマズイのに捕まっちゃったよね。まあ、しょうがないって言えばそうなんだけど。どうすればよかったかは後で自分でゆっくり考えてみて。ダイレクトに繋がる未来はなかなか変えられないけど、反省は大事だよ」


 通話のせいなのか、心持ち早口になっているファインは、ここでひと呼吸置いた。


「で、これからなんだけど。とりあえずはいろいろ覚悟しといてね。まだ結論は出てないし、すみれも自分だけで決めるつもりは無いって言ってたから、いきなり音信不通になることはないけど」


 え。そこまで……、と喉まで出かかった言葉を、藪蛇になると警告を鳴らす直感に従って、逸郎は押し留めた。


――それほどの裏切りを俺はしたんだ。何もなかったかのように隠していたことも含めて。


 その代わり、逸郎は深い溜め息をついた。


「他ならぬいっくんだから、言い訳の練習するんなら聞いてあげなくもないけど」


「いや、それは遠慮しておく。参考にはなるかもしれないけど、涼子はすみれじゃないし」


 そうだよね、と応えたあと、ファインはこう告げた。


「すみれは必ずいっくんに連絡する。直接。それは私が保証する。ただ、今は考える時間が欲しいって言ってた。いつ考えがまとまるのかは、すみれも、もちろんだけど私にもわからない。それが済むまではすみれからは何も言ってこない」


 返す言葉を見つけられない逸郎は、部屋の中で立ちすくみながら唾を飲み込んだ。


「いっくんなら待てるよね」


「待つ。いつまででも待てる」


 たったひと言でも、自分が声を出せるターンが訪れたことに逸郎は感謝した。


「いいね、即答。すみれには私から伝えとくね、その覚悟。それと合鍵だけど、そういうわけだから、当面は私が預かることにしたよ。大丈夫。ちゃんとすみれの承認はもらってるから」


 自分のポジションを完全に乗っ取られた感がある、と逸郎は思った。


――それでも、すみれが拠り所を失った宙ぶらりんになるよりはずっといい。なによりも、涼子なら信頼できる……。


「私から伝えることはそれだけかな。じゃ、頑張ってね、いっくん。昨日までは他人(ひと)のことばっかり考えて動いてたけど、こっからは自分の(ターン)だから。不安なときの話し相手くらいにはなったげる。あとくれぐれもだけど、夜はちゃんと寝なさい。煮詰まった夜の電話やメールには、良いことなんてひとっつも無いから」


 普通の生活を送るのよ、という念押しだけしてファインは通話を切った。余韻も何もなく、あっさりと。


 何をすればいいのかの具体案が思いつけない逸郎は、とりあえずアドバイスに従って、気持ちと生活を整えるところから始めることにした。

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