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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第19章 弥生とすみれ
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第128話 できれば場所を変えて。

「本当に申し訳ありませんが今回のお話は無かったことに」


 私がシロナマさんにそう言って頭を下げると、弥生さんも同じようにしてくれた。

 よかった。ちゃんとついて来てくれてる。


 正直なところ、中嶋弥生という人のことを、私はまだよくわかっていない。前回の面接やこれまでのゆかりんさんの話を総合して、対応バイアス(※1)の強いタイプじゃないかと見立ててはいる。だから今回は、あえて深い説明はせず、多少の高圧的態度で行動の方向付けを行ってみた。今のところはそれが功を奏しているみたい。



 しばらくの間黙っていたシロナマさんが、中嶋さんに向けて質問した。


「マーチさんはそれでいいんですか?」


 予想通りツイッターのアカウントでやりとりしてるのね。ここまで弥生さんを本名で呼ばないでいたのはやっぱり正解。さて、弥生さんはどう答えてくれるのか。

 覗き込むように弥生さんの目を見ているシロナマさんに向かって、彼女は頷き返した。

 もう大丈夫だ。


 大きなため息をついたシロナマさんが、ゆっくりと口を開く。


「褒められた仕事じゃないですけど、かれこれ五年くらいやってまして、今までにもいろんな場面に出会いました。大学の先生ってのは初めてだけど、親御さんや親族が同席されてのお断り、なんてのも数回ありました。彼氏に恫喝されたこともあったっけ」


 シロナマさんは、遠くを見るような視線で昔語りをはじめた。このひとの話し方にはどこか安心感がある。ちょっとイツローの感じに似てるかも。


「僕はこの仕事、女優さんとの信頼関係がすべてだと思ってます。現象的に見れば、僕が女優さんの貞操を奪い蹂躙するところを記録してそれを売りさばくという最低野郎なんですが、そんなだからこそ、彼女たちの『強制』ではない同意が重要なんです。運よく続けてこられたのも、その考えのおかげだと思ってます」


 視線を戻し、私たちふたりを交互に見ながら、シロナマさんはこう続けた。


「わかりました。今回の撮影はバラシとしましょう。AV作品に出演()るってのは、たしかに将来に対する大きなリスクになります。ご本人がそれを理解し検討した上でのキャンセルなら、それはもう尊重するしかないでしょう。僕としてはたいへん残念なんですがね。マーチさん相手なら、過去最高の動画が作れるって期待してたんですから」


「ご理解いただきありがとうございます」


 シロナマさんが話の通じる人で、本当に助かった。

 私はさっきよりさらに深くお辞儀をしてから、横に置いたバッグから封筒を取り出し、シロナマさんの前に差し出した。


「仙台からいらしたとお聞きしましたので、ここまでの往復分です。お納めください」


 シロナマさんは何も言わずに封筒を取って中身を確認すると、ジャケットの胸ポケットに納めてくれた。私は念のための言葉を被せる。


「それと、この子がそちらにお送りしたプロフィール資料なども消去してくださるよう重ねてお願いします」


 了解しました、と頷くシロナマさん。


 ミッションはほぼ完了した。

 安心した私は、自分の興味でシロナマさんに質問をしてみたくなった。


「さっき、強制でない同意っておっしゃいましたが、出演される女性の方々って、なにに同意してどんな目的をもって出られるんですか?」


 シロナマさんはにこやかに答えてくれる。


「いろいろです。ほとんどの方はマーチさんと同様お金のため、です。遊ぶためや生活費って方もいますが、一番多いのは借金返済のため。ご自身の借金でないことも多いですね。あと、単にセックスが好きなだけの人もいます。素人の売りはリスクが伴いますけど、僕の場合は僕自身がそこそこオモテに出てるからある意味での安全保障になりますし、その上でお小遣いも手に入る。そう軽く考えてる人たちが少なからずいるってことです」


 興味を示されたのが嬉しいのか、シロナマさんの弁舌は滑らかだった。


「さらに、これはかなり希少ですが、不特定多数の人たちに見られることに快感を覚えるタイプもいたりします。そうなると、もう完全にwin-winですよね」


 私の頭の中で危険信号が鳴っている。こんなところで新たなストックホルム症候群(※2)の種を蒔いたりしてはいけない、と。

 応えに対する礼を告げ、クロージングの準備に入った私に、シロナマさんは名刺を差し出してきた。


「今回はご縁がありませんでしたが、今後、もしも万が一AV出演にご興味を持たれ、出演()てみたいと思われるようなことがありましたなら、是非とも僕にお声掛けください。マーチさんでも先生でも、なんならおふたり一緒でも、前例に無いレベルの最厚遇でご対応させていただきますから」


 それでは、と爽やかに言い残し、シロナマさんは帰っていった。



 弥生さんは、ふぅっと大きい息を吐いた。私としてもそんな気分だった。

 ちゃんと涼子の代わりができた。その安堵感でいっぱいだった私に、弥生さんが話しかけてきた。


「横尾先生、今日はどうもありがとうございました。ホントにこれでよかったのかどうか、まだよくわからないんですが、先生がご存じだってことはゆかりんも知ってるってことですよね。少なくとも、彼女に失望されずに済んだことは感謝します」


 この子、自分の立ち位置はちゃんとわかってるのね。私は少し安心した。結果を待ち侘びてるであろうみんなへの報告のため、スマートフォンを開く。

 でも、弥生さんの話は終わっていなかった。その上で、と彼女は続けてきた。


「横尾先生には、ふたりだけでお話ししたいことがあります。このあと、いいですか? できれば場所を変えて」


 お断りする理由は無い。

 私はミッション完了の報告だけして、弥生さんとともに席を立った。




------脚註-----------------------

※1 対応バイアス:心理学用語。外的状況を無視して、内的な特性に原因を求める心理的傾向のこと。平たく言えば、トラブル等があった際に、全部自分の所為、と考えてしまうタイプ。


※2 ストックホルム症候群:精神医学用語。 誘拐や監禁などで拘束下にある被害者が、長時間の特殊な状況を共有することで、加害者に対し好意や共感、さらには信頼や結束の感情まで抱くようになる現象。

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