第125話 ホントによかった。
シロナマ氏と弥生、すみれの会見は三十分ほどで終わったらしい。残念そうではあったものの、さほど気を悪くした様子もなく、すみれが用意した足代を受け取ってシロナマ氏は去って行ったという。
Violet
「弥生さんもシロナマさんも納得してくれました。撮影はキャンセルです。みなさん、お疲れさまでした。弥生さんがふたりだけでしたい話があるというので、私は少し同行します。また連絡します」
13:41
駅前のロータリーで合流していた逸郎とシンスケは、すみれからのLINEを見て拳を合わせた。
ロビーの片隅にいる筈の由香里も、きっと胸を撫で下ろしていることだろう。ファインは当然という顔をしていそうだが。
大きな達成感を得た逸郎ではあったが、すみれと弥生の動向だけは少し気になった。
*
逸郎とシンスケが連れ立ってメトロポリタンのロビーに入ると、由香里の姿だけがあった。ふたりを認めたゆかりんは満面の笑みを浮かべ、そしてすぐに顔をくしゃくしゃにする。
「イツロー先輩もシンスケさんも、本当にありがとうございました。私もう、嬉しくって……」
由香里は泣いていた。
思えば六月終盤から三カ月余り、由香里はほぼフルタイムで弥生とともにいたのだ。その間ずっと重荷になっていた問題が、昨日今日の二日間で可能な限り最高の形で解消された。感情の発露があっても、ちっとも不思議じゃない。
隣に寄り添って腰掛けたシンスケの胸に顔を埋め、由香里は嗚咽を上げている。よく頑張った、と背中を撫でてやっているシンスケを見ながら、逸郎も呟いた。
「ホントによかった」
由香里が落ち着いたところで、逸郎はすみれと弥生のことを尋ねてみた。
「すみれさんとまーやは、おふたりが入ってくる直前に、駅の方に出て行きました。ふたりだけの話ってなんなんでしょうかね」
少し考えてから、シンスケが自説を披露し始めた。
「裏取りみたいなもんじゃね。今回の顛末を説明するには待ち合わせ前の十分そこそこじゃ、どう考えても足りないだろ。その辺のことを、もっと解るようにちゃんと聞きたいってことなんじゃないかな。俺らとかじゃないオトナ目線からの説明でさ」
シンスケの言葉に、逸郎も由香里も概ね納得する。確かにいきなり一千万円以上の大金が転がり込んでくるなんてことを理解するには、それ相応の説明が必要というものだろう。
「とにかく、まずはお疲れさんだ。早いとこファイン宅行って、ハイネケン飲もうぜ」
「飲めるのはあなただけですよ、シンスケさん。イツロー先輩はバイクだし、あたしは未成年。まぁ、ファイン先輩に真っ先に報告に行くってのは正解ですけど」
「すみれにはあとで俺がメッセージ入れとくよ。涼子んとこに集合って」
「先輩、できるならまーやも連れてくるよう伝えといてください」
「了解。じゃ、俺バイク取りに行って、そのまま先行ってるよ」
逸郎は席を立ち、出口に向かった。残ったふたりも立ち上がる。由香里が逸郎に声を掛けた。
「なんか美味しそうなもの買っていきますから、飲み物用意しといてくださいね」
振り向かずに片手を挙げた逸郎が、自動扉を出ていった。




