第123話 俺もまったくそう思うよ。
「そんな危険なことをやってたんですか!?」
「そんな楽しそうなことやってたのか!?」
逸郎がひと通りの報告を終えたのと同時に、ゆかシンペアが真逆のベクトルの台詞で声を揃えた。だが瞬発力の方は、由香里の方が数段上だった。
「なに不謹慎なこと言ってるんですかシンスケさんは! 一歩間違えたら、ファイン先輩は毒飲まされて殺されちゃうかもしれなかったんですよ。そうでなくても、昏睡状態にさせられてたんだから、身体なんか好き放題にされちゃうのはもう確定事項だったんです。当てにならないランキング第二位のイツロー先輩に後を託すなんていう綱渡りの決死作戦を、『楽しそう』だなんて。あなたの目と耳の奥にあるオツムの中身は空っぽなんですか! バカボンのパパさんみたいに霧が張っててボ~ッって音が鳴ってるんですか!?」
――俺、第二位に格下げ(格上げ?)されたんだ。てことは、第一位はやっぱシンスケかな。それにしても、金額よりもファインの無茶を心配するあたりは流石ゆかりんだな。
ふたりのやりとりを見守りながら、逸郎はそんなことを考えていた。
「そんな大金を支払わせて、仕返しとかは大丈夫なんですか?」
まだ不安げな由香里がファインに聞く。
「それは平気。数日中に槍須さんのとこに分厚い内容証明が届く筈だから。軽米弁護士事務所から。その中にある『今後一切私たちに関わらない、二度と女性を食い物にしない』という念書を返送しないと、彼は自由になれない」
「すげぇな。完璧にヤリスを叩き潰してる」
感嘆するシンスケ。
いや、俺もまったくそう思うよ、と逸郎も頷いた。
「大勝負に出る時は、相手が二度と歯向かうことができないくらい徹底的に、それも一回で叩いとかないとね。対戦ものの基本中の基本よ」
――ソファで寝込んでいるくせに、こういうときの目力だけは相変わらずだよ。
本当に涼子のシナリオと実行力、コネクションは凄い、と逸郎は敬服していた。そしてそれは、ともに同行したすみれも同じ思いだったようだ。現にすみれの視線や行動がそれを表している。どっちがバットマンでどっちがロビンかは、もはや一目瞭然と言っていい。
「てことはですね。まーやの明日のAV出演は、完全に必要無くなったってことでいいんですよね」
由香里の言葉にファインも、そうなるよねと応える。
「早く伝えなきゃ!」
「落ち着きなさい、ゆかりんちゃん。弥生ちゃんのとこはもうじき門限回っちゃうんでしょ。電話にしたって、今夜はもう誰からのも取ってくれないと思うし。あー、ほらそこ。私が連れて来れなかったから、みたいな顔しない!」
ファインは落胆する由香里を叱咤する。
「そういう反省は要らないの。無意味だし、第一あなたの所為でも無いしね。与えられた条件と想定される状況の中で効率よく目的を達成する。そのために私とすみれが考えてるんだから、この程度のことで一喜一憂なんてしなくていいの」
ファインはそこで言葉を切った。やはり調子は良くなさそうだ。
「ゆかりんちゃんには、弥生ちゃんのツイッターアカウントや明日の待ち合わせの時間と場所を突き止めたとかっていう超重要なお手柄があるじゃないの。あとは待ち合わせのタイミングにこっちが割って入ればいいだけ」
ただ、と言ってファインはソファの背に向かって首を倒した。
「明日の午前中までに体調を戻す自信が、ちょっと無いのよね……」
同人AVなど、そもそもが法の埒外にあるのだから契約書など無意味と切り捨ててもいいのだが、やはり無駄に争うことはない。全ての準備を整えて勇んできた相手にドタキャンを納得してもらうためには、事態の全容を把握し尚且つオトナのネゴシエーターを配置するのが必須。ファインはその役目も自身が行うつもりだったようなのだが。
ひとり離れてダイニングチェアに掛けていたすみれが、はっきりした声を発した。
「涼子。その役目、私がやるわ」




