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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第17章 スティング
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第118話 足元に知らないうちに開いていた奈落があって。

 眠れるソファの美女スリーピング・ビューティを眺めている哲也は、さてどうしたものかと思案していた。眠らせての行為は、実は初めてだ。合意にしろ抗うにしろ、反応があるからこそこっちも興奮する。哲也はセックスをそう捉えている。だからいくら絶世の美女であれ、眠ってしまっているのでは興醒めなのが否めない。


「ま、どっちにしろ高価そうな服は汚したり破いたりすると面倒だし、とりあえず全剥ぎするとすっか。少なくとも三時間は眠ったまんまだから、繋ぎ止め用の中出し動画を二回くらい抑えとけばまずはいいかな。そんで、起きた頃に編集済みの衝撃シーンを観せてやればバッチリだ」


 独り言の哲也は、固定カメラ二台をソファを狙う位置に配置して、稼動させた。録画が始まったことを確認してから、寝入っているファインの横に立ち、丁寧にスカートを下ろしはじめた。

 脱がせたスカートをソファの背に掛ける哲也。黒く透けたパンティストッキングに包まれた形の良い長い脚が露わになっている。ストッキングの内側で飾り付きの白い下着が、大事なところを隠している。


「うーん。せっかくだし、先に観音様拝んじゃおうかな」


 そう言って、哲也はファインの腰に手を伸ばした。指の先をストッキングとその下のショーツに掛けて、まとめて下ろしはじめた。



 そのとき、背後のドアの開く音がした。


「槍須さん、そこまでだ」


 ハンディカメラを向けた黒尽くめの若い男が立っている。知らない奴。いや、見たことがあるかも知れない。


「弁護士さんが来るまで待ってるつもりだったんだけど、流石にこれ以上は見過ごせないよね」


――はあ?!


「なんだ貴様、ひとんちに勝手に」


 立ち上がろうとする哲也を男が制した。


「はい、動かないで。動くとあんた、どんどん不利になるよ。すでにあんたは傷害罪と準強姦未遂罪が確定してるんだけど、動いたりすると俺たちの知らない余分な罪状がさらに積みあがっちゃうかも」


「な!」


 哲也は身動きが取れなくなった。


――考えろ。考えるんだ。こいつが何者なのか、どうやって入ってきたのか。いや、それは後回しでいい。問題はどうやって切り抜けるか。こいつを殴り倒すのか? 手強そうでは無いが、こっちだって強くは無い。靴履いたままで準備整えてる分、向こうの方に分がある。第一こっちの手元には武器がない。いや、あっても使える腕が無い。やっぱ懐柔、か?


「金か? 金ならあるぞ。この女にももう手は出さない。一緒に連れて帰ってくれるなら、金を出す。十万でどうだ?」


 黙っていた男が、堪えきれなくなったのか、噴き出した。


「せこい。せこすぎるよ槍須さん。とにかく、笑っちゃうね」


 男が笑っていると、もうひとり、眼鏡を掛けたスーツ姿の小太り男が汗を拭きながら入ってきた。その後ろにも、さらにもうひとり若い女が。


――バーの女! すみれ……?!


 哲也には繋がりが想像できない。だが、これが好材料でないことは間違いない。


「涼子!」


「待ってください」


 すみれと思しき女性が走り寄るのを制した小太りメガネは、数歩前に出てから哲也に背を向ける。若い男のカメラに向かって現在時刻とここの住所、状況の概略を淡々と話すと、改めて、汗の雫を飛ばす勢いで哲也に向き直った。


「はじめまして。私は天津原涼子ファインモーションさんから依頼を受けた弁護士の坂本要と申します。所属は軽米弁護士事務所です」


 名刺をテーブルに置いた坂本氏は、哲也に向けての自己紹介を終えると後ろの女性に指示する。


「横尾さん、手袋してますか? オッケーです。では、まずはテーブルのコップをひとつずつジプロックに封入してください。中の液体は一緒に入れちゃって構いません。そのあとはパソコン、スマホ、ハードディスク。部屋にあるカメラも全部。あと、彼女にはこれを掛けたげて」


 そう言って坂本氏は、肩掛けのバッグから出した箱ごとのジプロック、厚手の45Lポリ袋、それとバスタオルを横尾と呼ばれたすみれに渡した。若い男は部屋の隅から一連の動きを撮影し続けている。

 作業に取り掛かる横尾すみれを阻止せんと立ち上がる哲也に、坂本氏が一喝した。


「邪魔だてしますと、証拠隠滅罪が付加されますよ。また作業員に指一本触れても傷害罪が適用されます。ちなみに私たちは警察ではありませんが、あなたは天津原さんに対する傷害罪および凖強姦未遂罪の現行犯ですので、民間人による緊急逮捕権が認められます」


 哲也は中腰になったまま息を呑む。


「要するに今のあなたのお立場では、何もしないことこそがあなた自身にとって一番有利だ、ということです」


 坂本氏はそう警告して説明を終えた。


          *


 十数分後、目に付くレベルの証拠品をひと通り確保しラベリングも済ませた坂本氏は、哲也を離れた席に座るよう指示してから、横尾すみれにファインの衣服を整える許可を出した。


「すみれ! 涼子の呼吸は?」


 ファインの胸に耳を当てたすみれは若い男に、大丈夫、と応えた。

 坂本氏は哲也の尋問をはじめる。


「槍須さん。あなたにはもちろん、都合の悪いことや言いたくないことを証言しない権利があります。その上でお尋ねしますが、天津原さんに服用させたのは睡眠薬ですか? それとももっと別の、例えば違法薬物だったりしますか?」


 哲也は、怒涛の展開の中で、これっぽっちの勝機も見つけられないでいた。どこまで譲歩すればいいのかわからない。だが、ここは正直に答えるしか無いだろう。


「医者が処方したただの入眠導入剤だよ」


「効き目はどのくらいですか?」


「三時間。いやもっとかもしれない。よくわからないが、自分で試したときは三時間くらいだった」


「残りはどこにありますか?」


 使い切ったよ、と答える哲也の台詞に被さって、ありました、とすみれの声。


「冷蔵庫の中に薬のシートが一杯あって、その中にそれらしいのが」


「上出来です。それでは現状がわかる写真を角度を変えて三枚撮ってから、さっきと同じ要領で証拠品として確保してください。薬類は全部。田中クンは横尾さんに付いて、見つけたものの状況を動画で押さえといてください」


 哲也は頭を抱えた。


――足元に知らないうちに開いていた奈落があって、そこに足を滑らせたみたいだ。しかもまだ落下中で、底も見えてない。

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