第11話 ちょっと恥ずかしいから、降りてからでもいい?
「まーやから洋服買いのお誘いなんて、どういう風の吹き回し?」
菜園に向かうバスの中で、ゆかりんはそう言ってきました。
「ごめんね。せっかくの午後休講なのに私の買い物に付き合ってもらっちゃって」
「いや、それは別にいいんだけど。どうせあたしも、家帰ってもすることないし。それに、まだこの街に不案内なまーやじゃ、どこに何が売ってるか探すとこから始めなきゃいけないもんね。で、聞くけど、どんなコーディネートを探してるんだって?」
そこそこ混んでるバスの中では、乗客の皆さんが聞き耳立ててそうで話しづらい。私はゆかりんの耳元で囁きます。
「ちょっと恥ずかしいから、降りてからでもいい?」
今日は水曜日。合宿帰りのあの出来事からもう二日も経ってます。この二日間、イツロー先輩とは会えず終い。といって、逢えたからって、周りに人が大勢いる教室や食堂でなにをどうかするなんて、そんな勇気、私にはとてもありません。先輩から投げてもらったボールを投げ返すには、強力な発射台が必要なのです。
このままだと明後日の合宿打ち上げコンパでだって投げ返せないかもしれない。だからせめて、私の意思表示のための衣装をしつらえて弾みをつけて。そう思ったのです。
*
「はい、ここがカワトク」
そこだけ広くなっている歩道の真ん中に仁王立ちして、ゆかりんはそう宣言しました。背後には大きなデパートの入り口がある。さすがは大都会杜陸。水沢や、まして私の地元の胆沢なんかとはぜんぜん違うよ。
「市内では一番大きい百貨店がここよ。他にもすぐそこの大通や、駅ビル、都南のイオン、あとこのちょっと先の肴町なんかにもブティックはあるけど、オーソドックスなものならここの二階で何とかなると思う。で、どんな衣装をお望みなの?」
「えっとね」
こんなところでも躊躇してしまう自分が情けない。でも優しいゆかりんは、無理に急かしたりせずに待っててくれます。
みんなゆかりんのこと、誤解してると思う。口煩いとか、空気が読めないとか。普段からぼーっとしてる私の耳にだって、周りのそんな評価は聞こえてきます。でも私は知ってるのです。ゆかりんが、ホントはすっごく周りのことを見てるってことを。確かに言葉の分量はちょっと多めだし、強引に聞こえるかもしれない。けど言ってみればそれは照れ隠しみたいなもので、ゆかりんくらい周りを気遣ってる人なんて他にはいません。私にしてみれば不思議です。なんでみんなそのことがわからないんだろうって。だから私は彼女を頼ります。ゆかりんに何かがあったときは私が前に出て助ける。そういう覚悟を持って。
「ちょっと、まーや。いくらあたしが気が長いからって、さすがに引っ張りすぎでしょ」
「あ、ごめんごめん。考え事しちゃってて」
仕切り直しです。でも踏ん切りはついた。
「あのね。私、クラリスになりたいの」
「はあ?!」
「ゆかりん、知らない? クラリス」
「唄歌ってるデュオ?」
「そっちじゃなくて、アニメの方」
「あれだってアニメの方じゃ……って、クラリス? こっちにおいで、クラリス~、の?!」
ゆかりんはご丁寧にも伯爵の声色まで真似てくれます。
「そう、それ。私、明後日までにクラリスにならなきゃ先に進めないの」
ゆかりんは大きく二、三度深呼吸してから、口を開きましたた。たぶん考えをまとめたんでしょう。いつも瞬時に判断するゆかりんにそこまで考えさせたのは、我ながらすごいと思う。
「あたしもそこまで莫迦じゃないから、だいたい想像はつくよ。明後日が何の日で、そのコーディネートを誰に、何のために見せるのか、くらいは。でも、いいよ。聞かないことにしてあげる。どうせその場にあたしもいるはずだし、結果が出たら嫌でも報告されるんでしょ」
これだから、ゆかりんは好きだなぁ。ぜーんぶ飲みこんで、その上で最適解を探す努力を始めてくれる。ホント、頼りにしてます。
「で、どっから始める? スカート? ブラウス? 靴? リボン? それともブローチ?」
ややこしいから指輪は無しでいいよね。そう付け加えたゆかりんはぐるりと背中を向けて、お店の入り口にずんずん進んでいきました。




