第112話 続きは私の部屋でしましょ。
情報が妥協できる範囲にまで均質化するのに小一時間を要した。
七月の初めに教習所で出会い、中免取得直後の八月頭から付き合い始めて今に至る。単純に言えばこれだけの話なのだが、どちらから声掛けただの、一緒にどこ行っただの、そもそも逸郎のどこが良かったのかだのを(主に由香里に)問われる度に、すみれが懸命に言葉を選んで答え、それにファインが辛口の逸郎評をトッピングして話をややこしくし、シンスケが余分な茶々を入れるというループでなかなか話が尽きなかったのだ。
――他人の機微情報を詮索しないポリシーはいったいどこに行ってしまったのだよ、ゆかりんさん。
由香里のすみれへの呼び名が『横尾先生』から『すみれちゃん先生』に代わり、逆も『原町田さん』から『ゆかりんさん』に落ち着いたころには、十九時の閉店時間が目前だった。
「申し訳ありません。あまりの衝撃で時間とカロリーを無駄に消費し過ぎてしまいました。本題に移りたいのですが、そのためには小休止と代替会場が必要です。どなたか良い案はございませんでしょうか」
自らの失態を謝罪する由香里に、ファインがまたとない助け舟を出した。
「続きは私の部屋でしましょ。ここからなら歩いても十分かからないし、難しい話を他人に聞かれる心配もないわ」
それ助かりますという由香里の追随を待たず、ファインは続けて的確な指示を出す。
「いっくん、オートバイでしょ。そのでっかいリュックの中身をシンスケくんに預けて、あなたは肉の小泉に買い出しに行って。それらしいお弁当を五個。そのくらい入るよね」
受け手の返事などお構いなしに追い立てられ、逸郎はリュックを空にして席を立った。
「じゃ、あとで涼子んとこで」
そう言い残して立ち去ろうとする逸郎に、後ろから声が掛かる。
「俺、唐揚げな」
「あたしはジンギスカン!」
この仲良しさんどもが。
そう呟きながら片手だけ挙げて、逸郎は駐輪場に向かった。
*
オートロックを開錠してもらった逸郎がリビングに辿り着いたときには、由香里以外の三人が早くもビールを始めていた。
「イツロー、お疲れさま」
「いっくん、ありがとね」
ソファのすみれとゲーミングチェアのファインからの労いを受け流して、逸郎はまだ温かい弁当をダイニングテーブルに並べる。カーテンにもたれて胡座をかくシンスケは、ハイネケンを飲んだままで片手を挙げた。
「流石はファイン先輩の忠実な下僕。お早いお帰りですね。お疲れさまですイツロー先輩」
洗面所から戻ってきた由香里が、褒めてるんだか貶してるんだかわからない言葉を掛けながら自分のジンギスカン弁当を探している。
ひとりだけ由香里の台詞に反応したすみれが、シンスケと言葉を交わしている逸郎を睨みつけた。
「二時間も無駄遣いしてしまいましたが、本日午後、由々しき事態が確認されましたことを報告します。はっきり言って、すみれちゃん先生×イツロー先輩ショックを数倍しますので、みなさん、心して聞いてくださいね」
ボリュームたっぷりの小泉弁当を食べ終えて、それぞれがお茶や発泡水でひと休みしている最中、満を持した由香里が本題の口火を切った。その言いように、ついさっきまで緩んでいた部屋の空気の質が変わった。
こうして今ここに集っている目的を思い出した逸郎は、シンスケの隣で顔を上げ、目力を光線のように放つ由香里を見つめ、次の言葉を待った。
「まーやが独断で、アダルトビデオへの出演話を進めています。すでに面接と仮契約を済ませており、撮影日まで決まってます」




