第109話 あたしの知る限り、持ってません。
逸郎が梅サワーと自分用のジャンボ焼き鳥を手に戻ってくると、席では次の議題が始まっていた。
「いや、だから十一レースで四千円を十倍にして、最後の不来方賞でその全額を五倍にまで持ってくんだって。そうすりゃ二十万できるだろ。あとは少額借金で学費はなんとかできる」
シンスケが獲らぬ狸のなんとやらを披露している。
――それができるんなら、さっきの二レースで片鱗くらい見せてくれよ。
「はいはい。じゃイツローさんもファイン先輩も申し訳ないんですが、どぶに捨てたと思って千円供出して、ここにおわす馬券師さんにお預けください」
すでに見放している由香里は、真っ先に自分の財布から千円札を抜き取って真ん中に置くと、シンスケ流必勝戦略案を早々に打ち切って、議事を先に進めた。
自分のとファインの財布からそれぞれ千円を出して席に座った逸郎は、話に加わった。
「なんかいいアルバイトはないのかな? 一応俺もバイト先の店長に頼んで、同業組合のお店の求人とかを聞いてもらってるんだけど」
「いっくんみたいなバーテンさん?」
「うん。バーテンじゃなくても、バックヤードの仕事とかも含めて」
「接客は、ちょっと難しいと思います。少なくとも今は」
「寮に来る求人は肉体労働系のが多いからなぁ。家庭教師とかの話も来ないわけじゃないんだけど、その手の美味しいのは話が来た段階で役員の連中が持ってっちゃうから」
「どのみち家庭教師は無理だと思います。学力は大丈夫でしょうけど、密室で生徒とふたりきりになるっていうのは、今のまーやにはハードルが高過ぎて。どうなるかが想像できない」
「涼子の家の仕事関係でよさげなデスクワークとか、なんかないの?」
「ないわけもないんでしょうけど、やっぱり資格とか持ってる人が優先になっちゃう。弥生ちゃんはそういうの、ないんでしょ」
「あたしの知る限り持ってません」
「そうすると、仕事紹介するより貸しちゃった方が早いよね」
「や、ファイン先輩、それは最後の手段で」
「てか、なんで弥生ちゃんは今日来てないの? ゆかりん連れてくるって言ってたじゃん」
シンスケの真っ当な指摘に由香里の表情が曇った。
「それが、今朝出がけになって、今日は気分が悪いって言い出しまして。昨日まではなんともなかったのに」
――俺が参加したからだろうか。
新花巻駅の見送りを最後に、逸郎は弥生と会ってない。むろん、敢えて会わないようにしているのだ。すみれのためにも。
自分が意識してるように、弥生も気にしているのではないか。逸郎はそんな可能性を考えていた。
――恋愛感情なんか抜きにして、前のようにお互いに気兼ねなく、普通に話ができるようになれればいいのに。
「なんかいつもと様子が違ってて。たぶんアレは仮病ですね。何か企んでるかもしれないから、帰ったら探ってみます」
「あんまり怪しいことはすんなよ。せっかくの信頼を無くしちゃ元も子もないからな」
シンスケがまともなことを言っている。
逸郎は彼の意外な一面を見た気がして、不思議な気持ちになっていた。
――こういうのって、普通に暮らしてたら気づかない部分かもしれないな。
「お金の話は一旦ここまでにしましょ。今の弥生ちゃんにマッチするアルバイトを各自探してみるってことで。馬券師さんが予定通り雪だるまをつくってくれれば、学費の件はクリアするんだし」
そう話をまとめてファインは梅サワーのジョッキを傾けた。
*
ナイター競馬の照明が灯る中で行われた第十一レース『復興記念 夢あふれる未来へ』は、一番人気→三番人気と固く決まり、二番人気から中穴流しのシンスケは当然のように惨敗した。
が、三連単馬券五点を二百円ずつ買っていたファインが三十倍を的中させ、六千円の配当を確保する。満場一致でそのままファインに任せた最終の不来方賞でも、一番人気から三番人気までの馬単折り返し六点というプロ裸足の馬券で見事的中。二レースで千円を一万円にして見せた。
「私のミスです。始めっからファイン先輩に任せるべきでした」
「こんなのたまたまよ、たまたま。まぁどっちにしろ授業料には程遠いから、これは今日のレンタカー代に使って。それでも残ったら、弥生ちゃんにケーキでも買ってお土産にしてあげてね」
がっくりと項垂れるシンスケをよそに、ファインはそう言って微笑んでみせた。




