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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第14章 原町田由香里2
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第98話 魂は細部にこそ宿ります。

 さて、お聞きしたいんですが、と切り出して、由香里はこころもち身を乗り出してきた。


「あの二泊三日で、イツロー先輩はまーやにいったいなにをしたんですか?」


 由香里の眼がギラつきだした。興味津々であることを全身から発散させている。が、おそらくこれは、個人情報を得るのが目標ではなく、単純にカウンセリングスキルへの関心の表れなんだろうな、と逸郎は解釈した。


「ゆかりんは弥生からどんなふうに聞いてる?」


「迎えに来てもらったときはあたしじゃなくてびっくりした。初めて乗るオートバイは最初恐かったけど、気がついたらすごく気持ちよくなってた。部屋には面白そうな本やマンガやDVDがいっぱいあった。あと思いのほかたくさんの少女マンガも混じってた。不思議な映画を見せてもらった。高松の池でボートに乗った。山道をたくさん歩いた。スーパーでのお買い物が楽しかった。がんばってごはんもつくった。宮沢賢治記念館はまぁまぁだった。みたいな感じです」


 箇条書きの原稿を読み上げるように淡々と言い連ねる由香里に応え、逸郎は簡潔に言った。


「うん。まぁそのまんまだよ」


 逸郎は、氷が溶けて薄くなったハイボールを一口飲んでから話を続ける。


「とは言っても、いま並べられてたのはあの間の行動のインデックスであって、そのときの詳細や合間の空白時間やらが無ければ単なる見出しだよな」


「そうです。魂は細部にこそ宿ります」


「でもさ。本人がいないところでいろいろと突っ込んで聞いてくるのって、ゆかりんのポリシーから外れてるんじゃね?」


 ちょっと意地悪いかなと思いつつ、逸郎はそんなふうに振ってみた。


「あたしが知りたいのは結果ではなくて過程です。あたしがあたしのできる範囲で二カ月間手を尽くして駄目だったことを、どんな手立てでブレイクスルーしたのか。それがあたしにも再現可能なのか。そういう興味です。ていうか先輩、そのくらいのことわかってて聞いてますよね!」


 やはり思惑はバレバレであった。苦笑いしながら逸郎も応えた。


「すまんすまん。想像はしてた。ちょっと意地悪してみただけ」


 ぷんすか、と頬を膨らませ、ソファにもたれ込む由香里。

 アイスブレイクにはなったかな。そう思った逸郎は、真顔に戻ってあの日の話を語り始めた。


「迎えに行ったときの弥生はハリネズミみたいだった。力も武器も無く、ほんの少しの悪意でも簡単に(たお)れてしまいそうな痩せ細った身を可能な限り逆立てて、近寄るなオーラだけで立っていた。だから俺は、ほとんど会話もせずにバイクに乗せて、とにかく水沢から離れることにしたんだ。できる限りゆっくり目の安全運転で走ったんだけど、そうかぁ、やっぱり最初は怖かったか。ま、しょうがないよね。弥生も初体験だし、俺も人乗せるのは初めてだったから」


 いったん切って様子を窺った逸郎だったが、由香里の態勢に動きは無かった。僅かな部分でも吸収してやろうという由香里の構えは本物のようだ。

 逸郎は安心して続きをはじめた。


「しばらく走ってから北上のファミレスに入ったんだ。メシ食ってなかったみたいだったしね。そこで泣かれてね」


「泣いたの? まーやが?」


 由香里は身を乗り出してきた。相当意外だったようで、タメ口になっている。


――なるほど。そこから違うのか。


 由香里のひとことを聞き、逸郎は悟った気がした。弥生からすれば友人というよりも保護者の側面が近い最近の由香里に対しては、やはり何某かの遠慮があったのだろう。

 それに対して、逸郎の出現はある意味想定外。ましてや夏祭りで直面した彼女自身の思い込みとその瓦解もあって、溜め込んでいた自責の圧が堰を切ったのかもしれない、と。


(かどわ)かされたのが始まりではあっても、結局は気づいてしまった自分の欲望に全てを任せてしまった自分の所為だ、って言ってたよ、弥生は。その上で聞かれたよ。こんな自分になんで優しくするんだ、ってさ。でもそのときは何も答えず、ただ聞き役に徹するようにしてた」

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