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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第14章 原町田由香里2
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第97話 先輩……の……おいひい。

「先輩……の……おいひい」


 由香里は口の端から滴る白い筋を舌で舐め上げながら、上目遣いで逸郎に笑いかけた。


「美味いのはわかったから、口ん中に入れたまま喋るな。あと、顎も拭け!」


 由香里はえへへと笑い、ナプキンで顎を拭ってから、空になった自分の皿に切り分けたハニートーストを補充した。


          *


 弱気になった由香里を目の当たりにして一旦は狼狽えた逸郎だったが、すぐに思い直した。いつも素早く周りを把握し、空気を読まずに真っ直ぐ突き進む由香里も、考えてみれば半年前まで高校生だった十九歳の小娘なのだ、と。

 自分も二十歳(はたち)の若造であることは棚に置き、逸郎は姉が高校生だった頃のことを記憶の奥から(さら)っていた。あの頃、いつも煩いくらいに構ってきていた姉が理由もわからず塞ぎ込んだとき、自分はなにかをしたはずだった。姉の元気を取り戻させるために、無い智慧を絞って。あれはたしか……。


「ゆかりん。せっかくだし俺、ハニートーストってのを食べてみたいんだけどさ。どれがお奨め?」


――そう。当時小学生だった俺は、コンビニに走ってシュガードーナツを買ってきたんだ。それと牛乳を手土産に姉の閉じ籠る部屋に押し入って、黙って一緒に食べた。チョコレートのときもあれば、みたらし団子のときもあった。そして食べ終わる頃にはいつも、姉の元気ゲージは随分と持ち直していたものだった。


 甘いものは正義。何回目かのあるとき、姉はそう言って逸郎の頭をくしゃくしゃと撫でた。


――ゆかりんにだって、きっと届く。


 俯いた顔を少しだけ上げた由香里は、目の前に広げられたメニューの写真のひとつを黙って指差した。


          *


「さて。はじめますか」


 空になった大皿に向かってご馳走様でしたと手を合わせてから、由香里はようやく口を開いた。


「まずは近況です。先輩から引き継いで十日間、まーやはあたしと一緒に一度だけアマゾネスに行きました。馬鹿兄貴の運転で、服や貴重品、あと配達荷物を受け取りに」


 最前の落ち込みなど無かったかのように、由香里はいつもの調子で流れるような経過報告を紡ぎはじめた。


「実家には、うちに着いた最初の晩に連絡を入れさせました。ずっとあたしと一緒だったという体で。たいへん心配なされてたようで随分と叱られてはいました。まぁ当然です。我が家だったらあんなものでは済まなかったでしょう。とくにあの兵六玉(ひょうろくだま)が黙ってはいまい。とはいえ、そのやりとりからするに、少なくとも大きな異常はなかったと見受けられます。大学も始まるのでこのままこっちに居ると説得して、置いたままになっているパソコンやらの私物をこっちに送る手配をお願いしました。まぁ、私が指示したんですが」


 新たに頼んだジャスミンティーを、今度はストローで一口飲んで息をついた由香里は、話を続けた。


「ああいうときは管理人さんがいるシステムは便利ですね。路駐の頓痴気(トンチキ)兄貴をたいして待たせずに済みますから。借りを作ると十倍で請求してきますからね、あの与太郎は。以前など、コンビニのついででチーズケーキの購入を頼んだところ、お駄賃と称して半分取られましたからね。しかも、口開けて待つんですよ。スプーンごと捩じ込んでやろうかと思いましたね、本気で。え、代金ですか? そんなの最初に渡しましたよ。釣りは要らないって。まぁ十一円でしたけどね、お釣り」


――妹ラブの兄にツンデレ妹。どこのラブコメだよ。


 そう思いながらも逸郎は先を促した。


「そうでした。ここは魯鈍(ろどん)兄貴の悪行開陳の場ではなくて、まーやが主題でしたね」


――どうやら少なからず熱くなっていたらしい。どんだけお兄ちゃんが好きなんだよ。


「生活は我が家のペースに合わせさせてます。朝は六時半に起きてラジオ体操。は、やってませんけど、七時には起きて祖母、両親、ダメ兄貴、あたしに加わって、六人で食卓を囲んで一日をはじめます。」


「午前中は家事の手伝いや母、祖母との雑談なんかをやってます。ちなみに協力を仰ぐため、母と盆暗(ぼんくら)兄貴には多少の虚偽の入った事情を話してます。ストーカー被害とかなんとか。で、午後はビデオ観たりゲームしたりパソコンいじってみたり。そのあたりはあたしもだいたい一緒にいます。たまに無能兄貴が相手したりしてますけど。前にやっていた小説書きの方は、パソコンから離れたこともあって今は中断してるようで」


 夜も、食事やお風呂を除けばだいたい似たようなもんです、と由香里は繋げた。


「それと、祖母担当もお願いしてたりしますね。まーやはあたしと違ってぐいぐい行くタイプではないですから、祖母の時間感覚としっくりくるところがあるようで。二時間くらいなぁんにも喋らずにお茶飲んでることもあるとか」


 逸郎は、開け放した茶の間で庭を見ながら老婆と向かい合ってくつろぐ弥生の姿を思い浮かべてみた。その優しい風景は、たしかに彼女にハマっている気がした。

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