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駅弁大学のヰタ・セクスアリス  作者: 深海くじら
第14章 原町田由香里2
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第96話 少しはあたしにも優しくしてください。

 由香里は()()()()派だった。


 ドアを開く前にリモコンを手にし、さながら特殊部隊の突入のごとく、入室と同時にリモコンでモニターを狙い撃つ。テーブルに籠を投げ出してマイクを掴んだ由香里は、ほどなく映し出されたアニメーションの動画とほぼ同時に、イントロ無しの大音声で歌い出した。


「♪あーいまーいさんせんっっそりゃぷにってことかいっっちょ! らっぴーんぐーがせーふっっだぁふりってこたないっっぷっ!!」


 瞬く間に女子高生空間に変わってしまった室内で、逸郎は座るタイミングさえ図ることができず、立ち尽くした。



 アニメの主題歌を立て続けに三曲歌い切った由香里は、合間に注文したアイスティーをストローも使わずにぐびぐびと飲んで、ようやく大きく一息をついた。


「ふはー。ちっとは場があったまりましたね。イツロー先輩はもう入れましたか? 不思議なことに、次の曲が流れてこないんですけど」


「え? 俺も歌うの?」


 すっかりくつろいでハイボールを呑んでいた逸郎は、あわててリモコンに手を伸ばした。


「まぁ、先輩はアウェーですから特別にアニメ縛りを外して差し上げます。演歌でも浪曲でもお好きなのをどうぞ。でないと、また三曲入れちゃいますよ」


 急かされつつも辛うじて歌えるバンドの曲を検索したところで、逸郎は本論を思い出した。


「や、そうじゃないだろ。ここに来たのは、弥生の状況共有とこれからについての話し合いのためじゃ……」


「カラオケボックスは歌うための部屋です!」


 息継ぐことなく由香里は続ける。


「仕事をさぼったサラリーマンが昼寝するとこでも、金欠カップルが乳繰り合うとこでも、中高生が勉強するとこでもありません。まぁ吹奏楽の個人練習は認めてもいいですけど」


――楽器練習は認めちゃうんだ。たしかに防音設備に関しては、他には代えがたいものがあるからな。ていうか、弥生の話はいつするんだよ?


 困惑顔の逸郎に、由香里は肩をすくめてみせた。


「まーやのことは忘れてませんよ。今日だってあたしが出かけるとき少し申し訳なさ気な顔をしてましたし。まあ、そうは言っても愚兄とスマブラやりながら、でしたけど。それに先輩がどうやって今の状態まで持ち上げたのかもお聞きしたいですし、あたしにだって考えはあります。でも、いいじゃないですか、もうちょっとくらいカラオケ付き合ってくれたって。あたしにだって発散したいとき、あるんですから!」


 一段上から見下ろすいつもの畳み掛けとはトーンが異なり、心情の叫びとも聞こえるような台詞の後で、由香里は乗り出し気味だった身体をシートに沈めて消え入るような声を吐いた。

 少しはあたしにも優しくしてくださいよぉ。


 逸郎は、初めて見る由香里のしおらしい姿に狼狽えた。


――こいつは俺に何を求めてるのか。そして俺は、こいつにいったい何をしてやればいいのだろうか。

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